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♪ 我がアイドルシリーズ ♪

この「我がアイドル」シリーズは風来坊が選んだマニアックなアイドル曲を
みなさんに紹介しようという、どっかのパクリです(笑)
選ぶ曲は私、風来坊の独断と偏見で選びます。
では、始まりはじまり〜。

 

No.35「好きよキャプテン」
作詞:松本隆 作曲:森田公一 編曲:萩田光雄
歌:ザ・リリーズ
1975年9月20日発売 東芝レコード

♪ 兄貴のように おでこにキス さよならをしたの ♪

 ザ・リリーズと言えばとんねるずの「雨の西麻布」という曲の最後に「~♪双子のリリィ~ズ~♪~」と歌っており、30代以上の方はザ・リリーズを知らなくても、とんねるずの曲で名前だけ知っている方も多いと思います(笑)
私はなぜか「こまどり姉妹」とともによく知っています(爆笑)

 ザ・リリーズは北海道夕張出身で中学二年生の時にナベプロに所属、北海道の「道花」のスズランから命名されました。1975年「水色のときめき」でデビュー。
ちなみに同じナベプロには大先輩の「ザ・ピーナツ」がおり、ちょうど引退したときにデビューしました。大先輩と言えば同じ時期に「キャンディーズ」も活躍していて(デビューは1973年)1975年はちょうど「年下の男の子」で大ブレイクした年でもありました。
同じ事務所の先輩の「キャンディーズ」もコーラスが美しいアーチストでしたが、「ザ・リリーズ」はアイドル路線ではなくてフォークソングを意識した曲が多かったです。(<<これが売れなかったのだと思いますがね)

 さすが双子なのでユニゾンももちろん、ハーモニーがとても美しかったです。
 さて、シングル2曲目である「好きよキャプテン」はそこそこヒットしてザ・リリーズの代表曲となりました。ちなみにアニメの主題歌も歌っていたことがあります。(「ワンダービートS」)

「好きよ 好きよ キャプテン テニス焼けの 笑顔 遠い町へいって もう 帰らないの」

「教室から見つめたの テニス・ボール打つ姿 汗にまみれた胸が とても眩しかったのよ」

「今日もひとりたたずめば 肩をポンと叩かれて 涙拭けって 優しい声 今も聞こえそう」

 どうやら好きだった先輩はテニス部なんですね。「汗にまみれた胸が とても」って、『胸』を見ているのって男子だけじゃないのですね(爆笑)きっとテニスのインターハイで優勝したときにペンダントか何かをつけているのでしょうか?
ちょっと漫画「エースをねらえ!」の藤堂さんを思い出してしまいました(ふっる〜い・笑)

 一人でたたずんで涙ふけっているのですが、先輩は自分のことを好きで泣いているとは思っていないようです。

「練習あと校庭で 待ちあわせた イチョウの木 ラケット胸に 彼と二人 夕日を見たわ」

「また逢う日もあるだろうと 白い歯みせて笑ってた 兄貴のようにおでこにキス さよならをしたの」

 あくまで先輩は兄貴ような仕草なんですが、ひょっとしたら別れが悲しくならないようにわざと先輩は『兄貴』を演じていたのかもしれません。

「好きよ好きよ キャプテン 忘れないわきっと 生きることと恋を教えてくれたの」

 偉大な先輩です!(笑)
 
 さて、デビューから3年程度までは青春フォークデュオとして歌っていましたが1977年以降失速気味になりました。そりゃそうだ、だって世間は「ピンク・レディー」ですからね。お色気勝負に変わってしまったのです。
デビュー(1975年)から4曲まで作詞が「松本隆」大先生でありますが、えと、現在でも活躍している松本さん、凄いですね。いったいいくつの頃から作詞家活動をしていたのでしょうか? ちなみにシングル8曲目の「春風の中でつかまえて」は作曲が太田裕美さんなんですね。太田さんも実は作曲者としては有名です。

 さて、そんなかわいらしい「ザ・リリーズ」の曲はYouTubeで聞くことができます。
http://www.youtube.com/watch?v=XpKQcMNsbA0&feature=related
(YouTubeなのでリンク切れご了承ください)

 あ〜、昔のアイドルはかわいくてよかったなぁ〜(笑)本当に40年前に戻りたいです!

で、私が「好きよキャプテン」をへたくそなギターで弾きました。これは見なくてもいいですよ(爆笑)
<<恐い物見たさの方、どうぞクリックしてね!>>


No.34「悲しいくらい ほんとの話」
作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお 編曲:星 勝
歌:原田知世
1982年7月5日発売 キャニオン・レコード
(1982年フジTV系列「セーラー服と機関銃」主題歌)

♪ どこの誰だかあなた 私の心さわらないで 自分で自分が恐くなる ♪

 どうもお久しぶりです。去年の年末からずっとお休みしていた「わがアイドルシリーズ」ですが今月15日から、毎月1日と15日に更新するようにがんばります!

 さて、まずリニューアル1号は「原田知世」ちゃんです。ともよちゃんって私の1つ年下なんですね。
ともよちゃんはみなさんご存じの「角川映画大型新人募集」に応募して(「伊賀忍法町」真田広之主演のオーディションでした)みごと不合格(笑)でもあまりにかわいらしかったのでスカウトしたのが始まりです。みごと合格したのは「渡辺典子」さんで、ともよちゃんはあまりに若すぎたので合格しなかったと当時の監督(斉藤光正監督)が話していました。

 ともよちゃんと言ったらやっぱり映画「時をかける少女」で主題歌『時をかける少女』が有名でこれがデビュー作品&曲だと思っている人が多いと思います。
ですがともよちゃんは実はTVドラマ、それもギャグドラマ出身なんですよね〜(笑)

 当時フジTV系列の30分学園ドラマ枠というのがあり、「飛んだカップル」、「飛んだパープリン」、「リンゴ日記」など爆笑学園ドラマ(出演者も「桂木文」や「柳沢慎吾」など)を放映していました。そこの枠で、そこでおなじみの俳優さんたちを使い、しかも番組の最後にNG集なども入れたマニア受けする番組にともよちゃん登場! しかも大先輩薬師丸ひろ子さんが主演した「セーラー服と機関銃」をTVドラマ化したのです。エンディング曲「悲しいくらい ほんとの話」で歌手デビュー。

 私はこのドラマ、続編の「ねらわれた学園」ともども大好きで(どちらもひろ子ちゃんのリメイク)今、YouTubuで見られることに幸せを感じています(爆笑)相手役は「高柳良一」さんでなんとひろ子ちゃんの相手役(映画)と同じなんですね。なのでこの「セーラー服と機関銃」や「ねらわれた学園」を見ると高柳さんだけ演技がしっかりとしています(笑)

「ちょっと 机の時計 早回りしすぎる ちょっと花壇の花も なんだか狂い咲き」

「まるで自分が不思議 だんだん変化する トランポリンのように 体は浮いたまま」

 1年後に「時をかける少女」を歌いますが、その暗示のあるような歌詞ですね。どちらかというとTV版「時をかける少女」の主題歌のようです(無いけど)

「嘘のようなほんとの話 悲しいくらいほんとの話」

「恋の気分も知らないのに 心はざわざわあばれるばかり」

「どこの誰だかあなた 私の心さらわないで 自分で自分が 恐くなる」

 恋をまだ知らない少女の心が「ざわめいている」様子をよく表していますね。

‥‥

「きっとどこかであなた 私に暗示をかけている 自分で自分がわからない」

 最後の歌詞です。なんだか不思議な歌詞で、「少女」が誰かに恋しているのか、「誰か」が少女に恋しているのか、わからないです。それにしても「セーラー服と機関銃」の主題歌と言うよりやっぱり「時をかける少女」や「ねらわれた学園」の方がむしろあっている気がします。

 この放映されているドラマとのギャップが(当時私も見ていましたが何となく違和感がありました)ドーナツ盤の売り上げに現れていて、あんまり売れませんでした。当時の歌謡界は「ピッチピチアイドル紅白夏の大水泳大会! 大磯ロングビーチ!」の時代で、ちょっと14歳の(13歳かな?)ともよちゃんには名曲なんですが暗いイメージの曲です。

 そんな大ブレイク前のともよちゃんのかわいらしい姿はYouTubeで見られます。
今回はなんとTV版「セーラー服と機関銃」のエンディングでお楽しみください。アップしてくれた人に感謝です!!

http://www.youtube.com/watch?v=E5K16buWTVk

YouTubeなのでリンク切れご了承ください。



No.33「ねらわれた少女」

作詞:阿久悠 作曲:細野晴臣 編曲:細野晴臣
歌:真鍋ちえみ
1982年5月1日発売 CBSソニー

♪ 部屋はポプコーンの雨ふりさ 白いアンブレラをさして ♪

 でた! 「パンジー」(爆笑) 真鍋ちえみさんはオスカープロモーション所属で足も長くてボーイッシュなスタイル。今ならオスカー=モデルさん、なのですが1982年と言えば「アイドル時代」なので同じオスカー所属の「北原佐和子」さん「三井比佐子」さんと『パンジー』というグループを作り、ソロデビューしました。
 パンジーは3人ともレコード会社が違うので3人で歌ったこともありませんでした。で、『女たのきん』(今時、どれだけ理解できるか‥説明しよう!:「たのきん」とはTBSドラマ3年B組金八先生1stシーズン(杉田かおるや鶴見伸吾が活躍した時代)に生徒役でジャニーズ事務所から出演していた「田原俊彦」「野村義男」、そして「近藤真彦」の3人の田・野・近(「きん」と読ませていた)を取って「たのきん」と呼ぶ人気アイドルトリオでした。あはは。)
 後にデビューした「少女隊」と同じくジャニーズ事務所からクレームがあり、あまり名称として使われませんでした。
その「パンジー(女たのきん)」3名とも82年組のD級アイドルで(爆笑)歌も動きもぶっ飛び全開。おニャン子クラブの「会員番号4番:新田恵利」ちゃんよりすごい飛ばしようでした。

 真鍋さんのデビュー曲「ねらわれた少女」は一見角川映画の題名のように聞こえますが全く関係がありません。しかし、真鍋さんのプロデュースは山口百恵さんをスターにした「酒井政利」さん、レコード会社がCBSソニー、そして作詞:阿久悠、作曲:細野晴臣というすべてがちょ〜一流のメンバーによる豪華デビュー曲だったのです。

「きみを誰かねらってる やがて きみは愛にしばられる」

「それは悲劇だ 見過ごしに出来ない さあ 逃げよう」

「夢の数はキャンディと 同じくらい ここにあるはずさ」

「なのに誰かを 愛したらひとつさ さあ 逃げよう」

 曲はさすが細野さん、テクノポップバリバリで私は当時好きでした。それに阿久さんの歌詞も飛ばしまくり。阿久さんはどれだけ才能があるのでしょうか。細野さんのテクノの世界を見事に出しています。

「町はカラフルなカーニバル 赤いハイヒールをぬいで」

「アイスクリームなどなめながら きみは舌をだして見せよう」

「君を誰かねらっている やがて きみは愛にしばられる」

「そんな大人にさせたくはないから さあ 逃げよう」

 真鍋さんの声はちょっと舌っ足らずで容姿も往年の「BIBI」の小西直子さんの様です(って、こちらも判らないか。では説明しよう!:「BIBI」とは「小西直子」さんと「早坂あきよ」さんのグループで2代目バスボンガール(ちなみに1代目は「松本ちえこ」(「恋人試験」でデビュー))でした。「スカイピクニック」という歌でデビューしたアイドル歌手でした)

「部屋はポプコーンの雨降りさ 白いアンブレラをさして」

「揺れるブランコから手をふって きみはウインクなどしよう」

 いやあ、歌詞も不思議ワールドいっぱいです。
何となくわかりやすい歌詞なんですが、なんか、ぼや〜っとした雰囲気があり夢の中のようです。「ミステリーゾーン」と同じような不思議感覚になります。が、が、が、真鍋さんが歌うと「?」という感じになります(笑)

 この歌をTVなどで歌うときはバックに黒い服装の男ダンサー2人が踊っており(もちろんブレイク(風)ダンスです!)いっそう不思議ワールド炸裂!
この不思議ワールドは後に「地球外生命体『スターボー』」を作り上げてしまいます(爆笑)

 本当に、つっこみどころ満載の真鍋ちえみさんですが今見ると変な格好させられていますが中々スレンダーで可愛いですよ。アイドル路線ではなくてモデルさんとか女優さんで勝負すればもっと長く芸能界にいられた気がします。素材が良くて、スタッフもばっちり! だったのですがやっぱりかみ合わないとこうなってしまう典型的な例になってしまいました。

そんな真鍋かおりさんの「ねらわれた少女」はYouTubeで奇跡的に見られます!

http://jp.youtube.com/watch?v=_uQytsngDYs&feature=related

「パンジー」、「BIBI」そして「松本ちえこ」などなどまだまだ紹介したい人がいっぱいです(笑)今後ご期待下さい!

YouTubeなのでリンク切れご了承ください。


No.32「シンデレラ」
作詞:橋本淳 作曲:筒美京平
歌:高見知佳
1978年11月1日発売 日本コロンビア

♪ シンデレラのような レディになりたかった 誰からも愛される ヒロイン ♪

 元祖バラドル高見知佳さん。私は関東地区の土曜日昼間テレビ朝日系列の番組で伊東四朗さんと競演したバラエティ番組や「アイアイゲーム」の印象が強く残っています。
 高見さんはラジオののど自慢番組に参加しスカウトされ、田辺エージェンシー初の女性アイドル歌手としてかなりのプッシュでデビューしました。デビュー曲「シンデレラ」から3曲目の「お嬢さんお手やわらかに」まで 橋本淳、筒美京平が担当し、かなり出来の良いアイドルポップスに仕上がっています。先にコロンビアからデビューした「榊原郁恵」さんと同じ路線かな? と思います。
特に「シンデレラ」はサビが3つあるんじゃないかと思えるほど素晴らしい曲で、デビュー間もない高見さんですが既存のアイドルには無い歌唱力できっちりと歌い上げています。

「テレフォンブック パラパラ ダイヤル回すけど」

「心はうわのそら ダーリン あなたの愛とは どこ いつも 傷つけていた」

「シンデレラのような レディになりたかった 誰からも愛される ヒロイン」

延びのある声で高見さんはかなり声域が広いのが分かりますね。

「ああ やさしく見守れない いいこにもなれない あなたがやさしすぎて」

「12時の鐘は なりわたるけれど Never come home. Never come home.」

「お家にはかえれない」

ここの「ああ、やさしく見守れない〜」という所、大好きです(笑) 歌うまいですね〜。しかしこの歌詞、よくよく見ると色々意味深な気がします。1人に絞れない乙女の心を描いたのかな。

 さて、高見知佳さんは歌手としてはこのデビュー曲「シンデレラ」、そして裸足でちょ〜〜〜ミニスカートの「ジャングル・ラブ」(この歌大好き! いずれ特集しますね) 「ボーイ・フレンド」などがスマッシュヒット。そして1984年の「くちびるヌード」(作詞・作曲:EPO)でブレイク。結構遅咲きの歌手でした。

 ちなみに「くちびるヌード」は資生堂化粧品のコマーシャルソングで、当時は資生堂V.Sカネボウというコマーシャルソング合戦が繰り広げられていて、資生堂=『後ろの白いリップを塗ると体温で色が変化する口紅』「高見知佳:くちびるヌード」、カネボウ=『カネボウ初のBIOの口紅』「松田聖子:ロックン・ルージュ」でした。どちらが勝利したかは皆さんご存知の通り。この「くちびるヌード」がヒットした時にインタビューで高見さんは「歌唱印税こんなにもらっていいの?」と思ったそうです(爆笑)

 先に紹介しましたが伊東四朗さんとのコント中の挿入歌も2曲歌っています。
1曲目が不良の女子高生と中年サラリーマンのコントで「〜♪私は不良、あなたのせいよ〜、私は不良、あなたがしたぁの〜〜♪〜」という歌があり(爆笑) 2曲目が婦人警官と中年サラリーマンのコントで『魔法でパラダイス』「〜♪そうよ私は、悩ましげな女〜、あなたを誘惑、めろめろにして! そうよ私は〜 悩ましげな女〜 貴方を魔法で〜 パ・ラ・ダ〜イ〜ス〜〜♪〜」という歌を歌っていました。特に婦人警官の時は「ぽんぽん」を持って悩ましげに腰を振り、歌途中でスカートをはぎ取り中にはいている「ラメスカート」に早変わりするほとサービス満点でした。って、知ってる?

 後期は歌手と言うより女優や司会者が多く、NHKの「スタジオパークからこんにちは」やNETの「追跡、大追跡」そしてTBSの「TVグラフティ」(これ、おひょいさんと「かっふん、かっふん、かっふん」と『かっふん』を紹介する情報量と同じ回数2人で言っていましたね)などに出演、現在は結婚されて沖縄在住。タレント活動はもっぱら沖縄で行っているそうです。

そんな高見知佳さん、デビュー当時のかわいらしい姿をYouTubeで見ることができます。
『シンデレラ」

http://jp.youtube.com/watch?v=UxiMhFthx3w
かわい〜〜〜(笑)

YouTubeなのでリンク切れご了承ください。


No.31「愛の水中花」
作詞:五木寛之 作曲:小松原まさし
歌:松坂慶子
1979年7月1日発売 日本コロンビア

♪ 金色のレモンひとつ 胸にしぼってください わたしは愛の水中花 ♪

 この歌は大好きでギターの弾き語りでも歌います(爆笑) 松坂慶子さんはご存知の通りに芸歴が長く、私が初めてその姿を見たのは再放送のウルトラセブン「第31話『悪魔の住む花』」(1968年TBS)が最初です。ウルトラセブンがミクロの世界(松坂さんの体内に居座る怪獣をやっつける話)で戦うのですが、小さくなったセブンが松坂さんの鼻から体内に入るというとんでもない設定でした(爆笑)
 その後も「おくさまは18歳」や「なんてったって18歳!」などでの「優等生でちょっと意地悪な女生徒役」がはまり役でした。まあ、「亜弓さん系」かな(爆笑)
そして次に私の目の前に登場したのがこの曲「愛の水中花」でした。TBSザ・ベストテン初登場の時のバニーちゃんの衝撃的な姿は今でも目に焼き付いています。たしか女優さんでザ・ベストテンに登場して歌ったのは初めてだった気がします。

「これも愛 あれも愛 たぶん愛 きっと愛」

「だって淋しいものよ 泣けないなんて そっと涙でほほを 濡らしてみたいわ」

「ひとりぼっちの部屋の ベッドの上で ちょっとブルーな恋の 夢を見ている」

さすが歌詞をかかれた五木さん、素晴らしいです。十代の若いアイドルが歌うセンチでヤングな甘酸っぱい涙ではなくて、「大人の女の淋しい涙」が曲と合わさって素晴らしい楽曲に仕上がっています。

「乾いたこの花に 水をあたえてください」

「金色のレモンひとつ 胸にしぼってください わたしは愛の水中花」

ええ、ええ、私が絞ってあげましょう!(爆笑)

「愛の水中花」を歌っている松坂さんはこの曲の歌詞を理解していて、切ない感じが出ていて良いですね〜。

「だって悲しいものよ 酔えないなんて そっとあなたの胸に あまえてみたいの」

「そうよ人生なんて ドラマじゃないわ だから今夜はせめて 夢をみたいの」

いいですね〜。大人の女。
この曲は松坂さんの歌っている姿とリンクしていて、もう完璧です。たぶん誰かがカバーしても「あぁ、カバーだ。やっぱり本物が良いな」と思ってしまうほど完成度が高い作品だと思います。

 ところでこの曲はTBSドラマ木曜座「水中花」の主題歌で(1979年)松坂さんは主演されています。このドラマ、結構面白いですよ。五木さんはその原作者であり「愛の水中花」の作詞者でもあります。やっぱり作家さんは違いますね、短い曲の中にもドラマを挿入し、聞く人の想像をかき立てます。そのドラマの中でも設定で高級クラブ「レディ・ドール」という名前のバニーガール姿でおしげもなく美しい体を披露しています。ちなみに「レディ・ドール」は4名で松坂慶子、浅野温子、浅野理恵、伊藤明子という素晴らしいメンバー。全員バニーちゃんです(笑)

 その後松坂さんは「夜明けのタンゴ」、「赤い靴はいたみだらなこ」や「上海バンスキング」、「蒲田行進曲」とヒットを飛ばします。

そんなセクシーな松坂さんの「愛の水中花」はYouTubeで見られます。

http://jp.youtube.com/watch?v=_QNPBxSh-0c&feature=related(夜ヒットマンスリー)
そしてドラマ「水中花」での『レディ・ドール』4名のバニーちゃんで歌う姿
http://jp.youtube.com/watch?v=gWNBjVVCTPw&feature=related

 この時代の松坂さんって私より年下なんですね〜(爆笑)


No.30「ルフラン」
作詞:山上路夫 作曲:馬飼野康二
歌:井上望
1979年5月25日発売 ビクター音楽産業

♪ 別れた今も あなたの名前 心の中で繰り返す ルフラン ♪

 ノンちゃん。なつかし〜い! 井上望さんはNTB系列の「スター誕生」出身者です。1979年にこの曲「ルフラン」でデビュー。歌唱力もあり抜群のスタイルとコケティッシュな容姿でデビュー当初は間違いなくトップアイドルとしてばく進すると信じていました。80年が来るまでは。

 80年に入り松田聖子さん、河合奈保子さん、そして柏原よしえちゃんなどがデビューしてすっかりと影を潜めてしまいました。82年まではある程度がんばってレコードを出していましたが鳴かず飛ばず。82年にアニメ「おはよう! スパンク」(月刊「なかよし」に当時連載していた漫画のアニメ化)の主題歌を歌いスマッシュヒットを飛ばしました。井上さんと言えば「ルフラン」と「スパンク」ですね。

「ルフラン ルフラン ルフラン ルフラン ルフラン」

「あなたの名前を呼んでいたわ コーヒー2つも入れた私」

「あなたはいないの おばかさんね 朝日の部屋には私だけよ」

「別れた今も あなたの名前 心の中で繰り返す ルフラン」

 朝日の中、別れた彼氏のためにコーヒーを入れる女性、なんか「アンニュイ」なけだるい雰囲気が目に浮かびます。この題名にも使われている「ルフラン」ですが、これを効果的に歌詞の中に入れています。
で、「ルフラン」ってどういう意味かご存知ですか? リフレイン形式で主だった旋律の前にそれと同等か、それより長い前語りをもつ楽曲の形式なんですが、それを「ルフラン」とか「リフレイン」とか呼ぶのだそうです。要は「繰り返し」という意味でこの歌では使われて言うようです。

 別れた彼氏の思い出を「リフレイン=フルラン」しているってことですが、よくよくこの歌詞を見ると『スター誕生でデビューした新人かわいこアイドル』が歌う内容なのかな? と疑問になりますね、それもデビュー曲で(笑)

「別れた今も あなたの名前 心の中でくり返す ルフラン」

「愛していると さざ波みたいに 私はいつも くり返すルフランを」

 ‥。よくよく考えたら70年代のB級アイドルって「歌唱力のある子に限っていわゆる『歌謡曲』風な曲を歌う」のがあるのかな? と思います。だって大場久美子ちゃん、榊原郁恵ちゃん、そして石野真子ちゃんなどは「アイドルっぽいかわいらしい明るい歌」を歌っていましたよね。なまじ歌が上手くて歌唱力があるとドラマチックな歌詞の歌を歌ってしまうのかなと思います。

「今でも愛はさめていないと 私はいつもくり返す ルフランを」

「ルフラン ルフラン ルフラン ルフラン ルフラン」

 と最後まで別れた男を忘れないよと過去の思い出にすがりつく女性の歌なんです。でも何で別れたのかな? この歌詞の中では「ルフラン」しているだけで執念深い訳でも無いし(ある意味非常に執念深いけど)明日に向かってGO! でも無いですよね。
やっぱりアイドルの歌じゃないよな〜(笑)

 そういえば下記にリンクしているYouTubuの(新人レース)のテロップで「趣味:機械いじり」って出ているのですがどういう事? 目覚まし時計分解したりするのが好きなのかな? (爆笑) たしかデビュー当初のプロフィールには『趣味:スポーツ(卓球、バレーボール)/音楽(フォーク)』って書いてあるのだけど‥。

 さて、アイドル歌手としてはスマッシュヒットで終わってしまったのですが実は最近も活躍しているのですよ。ビージーフォーの「モト冬樹」さんのお兄さん「エド山口」さんと結婚されて2人のお母さんをしています。
最近になり作詞、作曲も手がけていてTVアニメ「も〜っと!おジャ魔女どれみ」の挿入歌「終わらない物語」は作詞・作曲をしています。それに森口博子さんの歌や(「Still Love You」作詞・作曲)「美少女戦士セーラームーンSupers」のエンディング曲(作詞:秋元康 作曲:井上望 歌:藤谷美和子)など結構有名どころを押さえています。
現在でもテレビ東京「土曜スペシャル」に家族で出演されています。
 そんなアイドル時代の井上さんはYouTubeで見ることができます。歌唱力がありスタイル抜群井上さんをお楽しみ下さい。

http://jp.youtube.com/watch?v=LVtX91t2RXI&feature=related  (新人レース)
http://jp.youtube.com/watch?v=zfRzyq1aOQE&feature=related  (NTB 紅白歌のベストテン 素敵な水着姿)


No.29「恋は、ご多忙申し上げます」
作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐 編曲:桑田佳祐&Head Arrangers
歌:原由子
1983年8月21日発売 ビクタータイシタ(サザンのプライベートレーベル)

♪ "Only You" ときめきBusy 2人だけは 愛・視点・ルール ♪

 原由子さんは私が女性アイドル歌手以外で初めてLPを購入した女性アーチストになります。サザンオールスターズのメンバーの原さんの4枚目のシングルレコードで(1枚目は1981年4月21日発売「I Love You はひとりごと」なんですが当時放送禁止曲になってしまいました)オリコンやザ・ベストテンにもランクインするヒット曲となりました。サザンの時はキーボードを弾きながらコーラスをしていますが、ソロ、特にこの「恋は、ご多忙申し上げます」はハンドマイクを持ち、セットの前で歌っていました。特にTBSザ・ベストテンでは変なセット(原さんの周りをムキムキマンが取り囲んでポージングをするなど)などなかなか印象に残る曲でもあります。この時期はドーナツ盤やLP盤からCDに変わる時期で、「恋は、ご多忙申し上げます」の収録されている2枚目のアルバム「YOKOHAMADULT YUKO HARA 2nd」(1983年発売)は最初からLPとCD両方で発売されていました。(もちろん私はLPで購入!)

「夏の終わりはいつでも 気がかりなまま 秋の色かな」

「遊び疲れた体に 彼のにおいが まだ生々しい」

 原さんのなんとも言えない声や歌い方が「横浜」と「湘南」を連想させてとても耳に気持ちが良いです。この頃の桑田さんの詞はとっても素敵です(って、今でもすごいですが、「すごい」と「すてき」は私は違うと思っています)
夏の「銀色の恋」は秋が訪れても忘れられなくて涙があふれてしまいます。そしてささやいてくれた言葉が、

「"Only You" ときめきBusy」

「あなただけを 愛・視点・ルール」

「Love Me Do 互いにプレッピー 公私ともに Life is Busy☆」

 なんですねぇ~。この「愛・視点・ルール」の語呂合わせが天才的です。桑田さんは本当に言葉遊びが好きで歌っているときは分かりませんが歌詞を書き出してみると興味がつきません。(ドッカカラモッテキタヨウナ、ダレカサントハチガイマスネ・爆笑)

「こんな気持ちは そうよ MOTOWN」

もた~ん、をMOTOWNと引っかけているのですね。憎いなぁ。
そして最後に

「恋人を思えば 秋風が吹く」

「彼のことが 今もわすれられない」

 と台詞で終わるところが憎いです。

 この曲が収録されているLPは「YOKOHAMADULT YUKO HARA 2nd」なんですが、このLPの最後の曲「ヨコハマ・モガ」(作詞、作曲、編曲「恋は、ご多忙申し上げます」と同じ)はシーナ&ザ・ロケッツの鮎川誠さんとデュエットしているのですがとっても素敵な曲で3枚出しているLPの中でも私はとても出来がよいLPだと思います。今でもCD売っていると思います。ぜひ聞いてください。

 原さんは1981年から1983年までコンスタントにシングルを発表し、しばらくあいて1987,88,89,91年とほぼ1枚ずつ発表しています。実は意外と出しているのですよね。最近でも風味堂などとコラボもしているし、サザンが今年いっぱいで休業なのでこれからの活躍がとっても楽しみです。

 そんな原由子さんの「恋は、ご多忙申し上げます」はYouTubeで聞けます。
なんですがあれだけ歌番組に出ていたのに「シングル盤のジャケット止め絵」しか見つかりませんでした。あ~誰か是非TBSザ・ベストテンに出演していた原由子さんの動画をお願いします! 他の曲はあるのにね。
http://jp.youtube.com/watch?v=yBPUlcWnnt8


No.28「ゆ・れ・て湘南」
作詞:松本隆 作曲:小田裕一郎 編曲:馬飼野康二
歌:石川秀美
1982年7月21日発売 RCA

♪ ゆれて 湘南ロード ひとり レモネード飲む 君が好きだった Hold Your Hand ♪

 石川さんはシブがき隊、早見優、松本伊代、小泉今日子、そして中森明菜と同期の「花の82年組」で80年代を飾ったヤングアイドルでした。デビューのきっかけは「ヒデキ(西城秀樹)の弟・妹募集オーディション」で合格(第1回目の合格者は「河合奈保子」で石川さんは第2回目の合格者でした)1982年4月21日に「妖精時代」(作詞:松本隆、作曲:小田裕一郎、編曲:萩田光雄)でデビュー。この「ゆ・れ・て湘南」は石川さんの2枚目のシングルで「ビートルズの曲の歌詞や題名を入れた」最初の歌です。当時「芸能人水泳大会」や「芸能人運動会」などが年に数回あり、石川さんは抜群のスタイルと健康的な色気を惜しげもなく披露し、当時の少年達を釘付けにしました(笑) 後にその地位は「国生さゆり」に譲ります。
 「ゆ・れ・て湘南」は名曲でほぼ石川さんの代表曲になっています。(シングルでオリコン最高位になった曲は「もっと接近しましょ」の4位) 

「サヨナラって夏の海に 夕陽が言う 淋しさの背中に頬寄せて」

「きれいな涙が歌うよに 海を見てたね My Little Girl」

歌詞を読むだけで情景が浮かぶのはさすがに松本さんの歌詞です。

「ゆれて 海岸ロード 走るバックミラーに 映る江ノ島さ Please Please Me」

「ゆれて 海岸ロード ひとりレモネード飲む 君が好きだった Hold Your Hand」

と、歌詞の中にビートルズの曲名が入ってたり「涙のペパームーン」や「バイ・バイ・サマー」などのように「言葉遊び」が多いのも石川さんの初期のシングルの特徴でもあります。

「サーブボード抱えながら 人が渡る 重そうな青春抱きしめて」

「愛して疲れたボクたちの 横顔みたいさ My Little Girl」

ここの歌詞、とっても好きです。ところでこの「ゆ・れ・て湘南」は石川さんが「ボク」=「男の子」として歌っているのですね。石川さんの容姿はかわいらしくて、ミニスカートなどで健康的な色気を感じる少女なんですが歌の中で「ボク」と言っても何の違和感もなくてよけいに可愛らしさが強調されていると私は思いました。

 前々から思っていたのですが、石川さんはおニャン子クラブ会員番号18番:永田ルリ子さんに似ていますね。おニャン子は85年から87年に活躍したアイドルグループなんですが、番組で見た瞬間に「似ている!」と思いました。ルリ子さんが石川さんに似ているって言い方が正しいか(笑)
 さて、当時の82年組は男女ともに仲良くて、よく堀さんの家に「シブがき隊、早見、松本、石川さん」などが集まっていたそうです。なるほど、それで石川さんはシブがき隊の薬丸さんと結婚したのか。それにしてもよくフォーカスされなかったね。
 85年過ぎあたりから石川さんの曲はロック調の強い曲に変わってきました。しかし、ドラマやバラエティなどではなくて「歌」できちんと存在感を示したのはすばらしいです。後期でも「危ないボディ・ビート」や「デス・トラップ」などヒット曲もあり結構息の長いアイドル歌手でした。

 1990年にシブがき隊の薬丸さんと結婚されたのですが、これが計画結婚だったのです。アイドル同士の付き合い、結婚はタブーであり、二人ともまだ現役アイドルでした。なので薬丸さんが「中絶出来ない時期まで秘密」にして、妊娠8ヶ月で発表したのだそうです。しっかりしてるね~。
さて、私は昔玉川高島屋SC内にある「アンナミラーズ」で働いていたのですが、よく石川さんがお子さん連れで食事に来られていました。時には薬丸さんや友人と一緒に。2~3年前のアリコ・ジャパンのCMに出演され昔のままの可愛らしさでビックリしました。

そんな石川さんのかわいらしい歌う姿はYouTubeで見られます。

http://jp.youtube.com/watch?v=UHubX_pcH7Y(音楽祭)
http://jp.youtube.com/watch?v=kHFi8OfOlzo&feature=related(ヤンヤン歌うスタジオかな?)
http://jp.youtube.com/watch?v=-grk5LSFZVY&feature=related(水着のイメージ動画。なかなかいっすよ・爆笑)

いやあ、本当に可愛いなぁ~。


No.27「避暑地の森の天使たち」
作詞:麻生圭子 作曲:山川恵津子 編曲:山川恵津子
歌:富川春美 渡辺美奈代 渡辺満里奈(おニャン子クラブ)
1986年7月10日発売 ポニーキャニオン
 おニャン子クラブ 3rd.2枚組LP「PANIC THE WORLD」収録

♪ Love Me 4人で交際(じれったい) Kiss Me 2vs2だけど ワ・り・キ・れ・ナ・い・ノ・よ ♪

 おニャン子クラブが解散するまでに出したLPは8枚あり、その3枚目「PANIC THE WORLD」(2枚組で1枚目がオリジナル、2枚目がソロ組含むベスト盤)の1枚目の5曲目に収録されているのがこの「避暑地の森の天使たち」です。
歌っているのは会員番号14番:富川春美、会員番号28番:渡辺美奈代、会員番号36番:渡辺満里奈さんの3人です。おニャン子クラブが1番ノリに乗っている時で、ちょうどオリジナル劇場映画「おニャン子ザ・ムービー危機一髪」と同じ時期に発売されました。歌っている3人は初期から中期メンバーの中でも人気のある3人でしたが残念ながらこの曲以外でユニットを組むことはありませんでした。(W渡辺はその後「ゆうゆ(会員番号19番:岩井由紀子)」と組んで「星のバレリーナ」や「真赤なミニスカート」(他のLPに収録)など名曲を歌っています。

LP「PANIC THE WORLD」は「おニャン子クラブ」として歌うのではなくて数人のユニットで歌う曲が多く、名曲ぞろいです。このLPのジャケットは「スクールバスに乗っているおニャン子」をイメージして撮影されているのですがなぜか「ゆうゆ」だけ痛いぐらい「切り貼り」(卒業写真を欠席した時に丸く貼り付けている写真)目立つ合成が話題になりました(爆笑)

「ん? いじわるね ビショ濡れよ」

「澄み切ったロッジの風 木漏れ日のウインク よくメンドクさくないね また、洗車してる」

「水しぶき わざとホースの先を 私に向けたの」

出だしは美奈代ちゃんから始まり、かわいらしい3人が歌う姿はまさに天使です!

「Love Me 4人で交際(じれったい) Kiss Me 2vs2 だけど ワ・り・キ・れ・ナ・い・ノ・よ」

「You Know? あたしもあの子も(あなたなの) You Know? 彼は人数・ニ・は・イ・ら・ナ・い・ノ・よ」

「ねぇ シーズンね 避暑地の森の天使たち」

 この「ワ・り・キ・れ・ナ・い・ノ・よ」という歌詞は美奈代ちゃんと満里奈さんがひと文字ずつ歌うのがとても新鮮でした。(カッコ)内の台詞は富川さんが担当でした。こんな風に3人の容姿にもぴったりでかわいらしい綺麗な歌詞は「秋元氏」ではなくてやっぱり「麻生圭子」さんでした(笑)
まあ、間違っても秋元氏にはこんな可愛い歌詞は書けませんね。4人で軽井沢へ車で出かけて、男1人に対して女の子2人が好き。でもその2人が気になる男の子は全くその気がなくて車を洗っている‥。あんた、女の子を連れて軽井沢に行って「洗車かぁ!?」(爆笑)そして何も知らない残った男の子かわいそ〜(笑)
 2番の歌詞で

「Kiss Me 4人で交際(遅れてる) Kiss Me 2泊3日のバ・か・ン・す・ナ・の・ニ・ね」

「You Know? 女の子の友情は(カルイのよ) You Know? きにしないでど・チ・ら・カ・え・ラ・ん・デ」

「ねぇ わたしだけ いじめるの 何故 期待しちゃう」

とまあ、女の子の方が積極的なんですね。男は黙ってテニスと洗車(爆笑) しかし、2泊3日もして何もしない男ってどういうこと? 本当はこの男の子2人ができてたりして‥(爆笑)
結局歌の最後も

「Kiss Me このまんまじゃ な・ツ・は・オ・わ・レ・な・イ」

「You Know? クルマなんかより(失礼よ)」

「You Know? わたしだけにきょ・ウ・み・ヲ・み・セ・て・ヨ」

と、最後の最後まで女の子には手を出さずに終わったようです(笑)
 3人が歌う「避暑地の森の天使たち」はコンサートと番組内で歌われ、ファンのアンケートでも上位に入るぐらい人気の曲でした。
いやあ、本当に可愛くていいなぁ〜(笑)

そんなかわいらしいティ〜ンの3人が歌う「避暑地の森の天使たち」はYou Tubeにあります。
http://jp.youtube.com/watch?v=RYy1lhD5KAg



No.26「アニマルサマーの夏が来る!」

作詞:高橋研 作曲:中原めいこ 編曲:亀田政治
歌:NEOちゃっきり娘(チェキッ娘)
1999年5月26日発売 ポニーキャニオン
チェキッ娘3rdシングル「最初のキモチ」カップリング曲

♪ 水着の下の ココナッツミルク あなただけが飲んでいい ♪

 前々回に「江戸真樹」ちゃんというちょ〜マイナ〜(私として超B級アイドルの位置にいますが‥)アイドルを紹介してみんなから「???誰???」というお言葉を頂きました。なのでもう少し皆さんが知っていると思うアイドルグループ「チェキッ娘」内のユニット『NEOちゃっきり娘』の2曲目を紹介します。

 チェキッ娘はID21番まであり、20名メンバーがいました。(ID008:吉岡恵理子さんは失格、除名欠番になっています)フジテレビのプロでユーサー水口氏(夕やけニャンニャン当時、水口氏はADだったのはファンの人は誰でも知っていました)が「平成版おニャン子」を企画し、しかし予算がつかず棚上げになっていました。そこにセガ・ドリームキャスト(なつかし〜)を売るために外部取締役としてあの秋元氏を抜擢したのを水口氏が見逃さず(笑) 総額100億円と言われる一大プロジェクト(その内、秋元氏のギャラが80億円と言われていた)に「ドリームキャスト提供」「秋元康事務所」協力の夕方バラエティ番組「DAIBAッテキ!!」が始まり、その番組内アイドルユニットとして番組内でオーディションで集まったのが『チェキッ娘』でした。本当に平成版おニャン子ですね。

 当時「モーニング娘。」と「チェキッ娘」は似た雰囲気があり、どちらがどちらかが分からないときがありました。まあ、1年後には大差が付きましたがね(爆笑)
 さて、そのチェキッ娘ですがメンバー内でのユニットが数多くあり、その中でも一番の人気だったのが「NEOちゃっきり娘」でした。メンバーは3人でID007:上田愛美、ID010:久志麻理奈、ID011:佐々木絵美子が歌っていました。ちなみに「NEOちゃっきり娘」というユニット名を付けたのはダウンタウンの松本人志さんです。
NEOちゃっきり娘は2曲歌っていて「ピンクのチェリー」とこの曲「アニマルサマーの夏が来る!!」です。2曲とも名曲ですよ。

「あぁ アニマルで アニマルで 愛してよ ノーマルも花マルも もの足んない」

「宇宙人に記憶 消されちゃうみたいな 衝撃の真夏につれてって」

 凄い出だし(笑)当時は底の厚い靴が流行っていて、15cmはあるかと思えるほどのサンダルを履いて踊って歌っていました。

「おいしい恋は はやめに食べて 夏は賞味期限が短いの 水着の下の ココナッツミルク あなただけが飲んでいい」

「Ah お昼寝してるワンピのすそを ダメ! エッチな南風がくすぐる 子供な大人になりたいの 変えてくれなきゃヤダヤダ!」

おニャン子時代は「セーラー服を脱がさないで!」と言っていたのですが平成の女子高生は自分から「♪ 誘って、さそわれぇ〜て〜 ♪」(By 本田美奈子)なんですね。やっぱり時代が違うなぁ。
アップテンポで歌唱力なんてどうでも良い、明るく元気でGO!! です(笑)
その後の歌詞は

「マニュアルな二人にはなりたくない‥」

「ラテンな気分でチャレンジPi!」

「燃えない恋は 火曜に出して リサイクルしたいけど キュンとなる」

「涙こぼれる ヘクトパスカル 雨マークの夏になる」

‥‥‥と、歌詞も平成ルーズソックス厚底サンダル女子高生なんですがこれ、「高橋研」さんが作詞しているのですよね。凄いの一言。だって高橋さん、あなたいくつよ〜!(爆笑)

 チェキッ娘はドリームキャストの販売不振から1年で番組は終わってしまいました。なのでメンバーは番組終了と同時に「卒業」し、現在芸能界で仕事をしているのは5名程度。その中でもID006:熊切あさ美(現在くまきりあさみ)さんだけがかろうじてTV番組で見ることができます。

企画はとても良かったと思いますが「番組囲い」で「フジテレビ所属」ではあまり他で活躍できず、あっさりとモー娘。と大差ができました。私は当時チェキッ娘を選んで応援したのですが悔いはありませんよ(爆笑) 久志麻理奈さん、私はファンです(自爆!)

で、YouTubeで検索したのですが残念ながら「アニマルサマーの夏が来る!!」はありませんでした。但しカップリングの「最初のキモチ」がアップされているのでこちらで今は無き『チェキッ娘』を堪能して下さい。本当に「アニマルサマーの夏が来る!!」は名曲なんですよ!

(「カップリング曲」 ドーナツ盤レコード時代はA面、B面という体裁でしたがCDシングル、「2曲入れ、あとの2曲がカラオケ」という現在の形になり(マキシシングル)A面B面という区別が無くなりました。なので昔で言う「両A面」という扱いで考えています)

http://jp.youtube.com/watch?v=StUEX2huRgA


No.25「夏のお嬢さん」
作詞:笠間ジュン 作曲:佐々木勉 編曲:小六禮次郎
歌:榊原郁恵
1978年7月1日発売 日本コロムビア

♪ アイスクリーム ユースクリーム 好きさ ♪

 70年代後半にデビューした榊原郁恵さん、大場久美子さんとコンビを組んで一大センセーションを巻き起こしました。お上品なおねえ様風の大場さんに太陽のような明るさの榊原さん、本当に輝いていました。
 榊原さんはご存知「第1回ホリプロスカウトキャラバン」の優勝者で(じつは第1回では審査員特別賞として「荒木由美子」さんも受賞しています。扱いは優勝と同じです)ここから「能瀬慶子」「比企理恵」「林紀恵」「ちえみちゃん」「大沢逸美」…「深キョン」さんなどなど素晴らしいスターを生み出した大会です(現在でも続いています)
 さて、その第1回優勝者の郁恵ちゃん。歌手生活全般を通してビッグヒットはありませんでしたが(「夏のお嬢さん」が郁恵ちゃんの最大のヒット曲になります)彼女の明るい性格、元祖巨乳アイドルとしてドラマなどで大活躍でした。彼女がTV画面に現れると、全てが輝き、周りを幸せにしてくれるオーラはやはりビックアイドルでした。
 デビュー当時は本当に「ボリューム満点」の体で、芸能人水泳大会などでは惜しげもなくビキニ姿で大活躍。元祖巨乳アイドルと言って過言ではありません。しかし、持ち前の明るさで全くいやらしくないのが郁恵ちゃんの人気でもありました。
1977年1月1日に「私の先生」でデビュー。「夏のお嬢さん」は7枚目のシングルでした。

「チュウ チュウ チュチュ 夏のお嬢さん」

「ビキニがとっても似合うよ 刺激的さ クラクラしちゃう」

 歌っている郁恵ちゃん、明るくて可愛くてこの「夏のお嬢さん」=「郁恵ちゃん」がおのずと想像できます。この曲も『男の子』から「ビキニが似合うお嬢さん」を見ている歌なんですね。

「アイスクリーム ユースクリーム 恋する季節」

「ビーチ・パラソル低くしてかくれろ」

「アイスクリーム ユースクリーム 好きさ お嬢さん お嬢さん」

 「Iスクリーム Youスクリーム」なんですね(笑) 初めて聞いたときはピンと来ませんでした。月刊明星の付録「YounSong」の歌詞で「あぁ、そういう意味か!」と納得しました(爆笑)

 1980年過ぎごろまでアイドル歌手としてがんばっていた郁恵ちゃん、その後は大人っぽい曲とTVドラマで活躍し、1984年のTVドラマ「風の中のあいつ」で競演した「渡辺徹」さんと結婚しました。郁恵ちゃんが渡辺さんと知り合ったときはすでに渡辺さんは太り気味で(爆笑)結婚後は相撲取りになっていました。(渡辺徹さんのブレイクしたTVドラマはご存知「太陽にほえろ!」ですが、初登場の時はすらりとしたモデルさんだったのが殉職シーンではすでにお相撲さんになっていました。現在はダイエットして少しは痩せているかな)
 郁恵ちゃんの当たり舞台「ピーターパン」はそれまで「パンパンボディ」だったのをスッキリさせ、すてきな女性に変身しました。郁恵ちゃんもピーターパンの魔法にかかったのですね。

 そんな郁恵ちゃんもお子さん2人のお母さん。今でも現役でTVで活躍しています。
「夏のお嬢さん」を歌う可愛い郁恵ちゃんをどうぞ!

http://jp.youtube.com/watch?v=X9yu4oUzXvQ



No.24「I Love あのコ・夏のMaki」

作詞:谷穂ちろる 作曲:山梨鐐平 編曲:かしぶち哲郎
歌:江戸真樹
1986年7月23日発売 トーラスレコード

♪ いざとゆーとき マツ毛が ブ・ル・ル バカね 内気は Makiに似合わない ♪

 う~む、これはヤバイかも知れない(笑)
80年代にはアイドル登竜門的な番組がたくさんあり、(スター誕生、君こそスターだ!。などの大御所以外の、いわゆるタイアップスカウトコンテストです)「河合奈保子、石川秀美」さんの『西城秀樹の妹コンテスト』やホリプロスカウトキャラバン、ポカリスエットCMアイドル、そして三井のリハウス娘などなど…。その中でも「コンテストスポンサーはビッグ」ですが出身タレントさんは一流B級アイドルという『ライオン健康プリンセスコンテスト』というのがあり(ちなみに当時CMに起用されていた「井森美幸」さんが可愛かったので自社でスカウトしたアイドルを出すという趣旨でした)、その第1回優勝者が江戸真樹さんでした。 スカウト、すぐにCM撮影、その後すぐ歌手デビューというシンデレラ・ガール。当時15~16歳という年齢には見えない危ないロリータ・ファッションで多くの「おたく」の心をわしづかみしました。
 さて、江戸さんはデビュー曲「I Love あのコ・夏のMaki」でデビューしましたが、これ、『3大アイドル自己紹介ソング』で(大爆笑)松本伊代さんの「センチメンタル・ジャーニー」、倉沢淳美さんの「プロフィール」、これをしのぐ自己紹介ソングです。

「夏休みだもん ハートが ウ・フ・フ」

「恋の宿題 早く済ませちゃお 水浴びだけじゃ つまんない」

「知らんぷりing しないで お・ね・が・い・よ」

……。この歌を歌う江戸さんはもう、危ないぐらいロリータですが、私はこの歌詞を書いた谷穂さんがこわい(爆笑) 『知らんぷりing』って…、私には絶対に書けません!
「私の名前は 江戸真樹です はじめまして」

「I love you あのコ・スキスキ(ここにハートマークがはいります)」

「夏のMakiは カ・ゲ・キ!? でしょしょ」

う~む。ここまで自己紹介する歌ってありましたっけ? こんな感じで最後まで突っ走ります。でも歌っている江戸さんはもう、とっても美少女で可愛いです。歌手なんかにならないでマスコットガールで行けばもうちょっと芸能界で生きて行けたかもしれません。

 江戸さんはセカンドシングル「右上がりの初恋」をリリース後にホームシックのストレスで激やせ(って、最初からスリムでしたのでよっぽどひどかったらしいです)して、翌87年1月に「ヤンヤン歌うスタジオ」(東京ローカル当時の「東京12チャンネル」現在「テレビ東京」)で引退しました。当時は「おニャン子」全盛期だったのでもう「作られたアイドル」より「等身大の隣の席にいるようなアイドル」にシフトする時期。86~87年のアイドルは結構苦労したと思います。しかし江戸さんはスカウトからわずか1~2ヶ月で和歌山県から単身上京、CM撮影、歌手活動と、もう少しスタッフが大事にしてあげれば激やせ>引退にはならなかったと思います。

 三原順子さんのファーストLPの曲の中に
「~♪ 美しく 着せ替えられて 乾ききった 白い唇に 紅をさして… 歌うStudioマリオネット ~♪」
という歌詞があるのですが、なんだかそれを思い出してしまいました。
 引退後、故郷へ帰り10歳年上の地元の人と結婚して3人の子供のお母さんをしているそうです。幸せで良かったね。

そんな江戸真樹さんのかわいらしい「くちパク」(大爆笑)で歌う姿がYouTubeにありました。これ、録画していた人凄いね!

http://jp.youtube.com/watch?v=ylwCPvsquC4



No.23「ふたりの愛ランド」

作詞:チャゲ・松居五郎 作曲:チャゲ 編曲:平野孝幸
歌:石川優子とチャゲ
1984年4月21日発売 YAMAHA MUSIC FOUNDATION

♪ 誰もいない渚へ 誘われたなら 水着の跡さえ あなたしだいね ♪

 石川優子さんは70年代から始まった「2大素人バンドコンテスト(笑)」(ポプコンとつま恋ね)のヤマハ主催のポプコン(ポピュラーソングコンテスト)出身です。1978年に出場、その時注目されて79年に「沈丁花」でプロデビューしました。3枚目のシングル「クリスタルモーニング」がコルゲントローチのCM曲として使用され(本人出演)スマッシュ・ヒット。その後、1981年に発売した「シンデレラ・サマー」が大ヒットして一躍有名になりました。
その「シンデレラ・サマー」でTBSザ・ベストテンにも出場を果たしました。(私は良く憶えています。初登場の時に歌いながら涙した姿がとても印象的でした。それだけ当時は「ザ・ベストテン」にランクインすることはとても難しく、人気歌手としてのステータスでもあったのです)その後、チャゲ&飛鳥のチャゲと組んでデュエットした曲がこの「ふたりの愛ランド」でした。この曲は石川さんが単独でヒットを飛ばした「シンデレラ・サマー」同様に「JAL沖縄キャンペーンソング」でもあり、1984年夏の最大ヒット曲となりました。

「夏が噂してるわ あなたのことを ピンボールみたいで 気がおけないの」

「小麦色に灼けている おまえのせいさ 風のない都会を 忘れてみないか」

ここは石川さんとチャゲのソロパートになり、相手に対して問いかけるような仕草で歌っていました。ちなみに当時は正面見て左側にチャゲ、右側に石川さんで(ピンクレディーで言えばミーがチャゲ、ケイが石川さんです。<う〜む、なんてわかりやすい例だ・爆笑)チャゲはスタンドマイクの上だけを持って歌っていました。
さすが、JAL沖縄のイメージソングだけあってノリが良くてテンポもあり、ウキウキした曲になっています。

「夏 夏 ナツ ナツ ココ夏 愛 愛 アイ アイ 愛ランド」

「翔(と)んで 夏 シマシタ」

このサビの部分は当時も「ちょっとベタやなぁ〜」という気がしていました(笑) 「夏 シマシタ」という所、「なつ しましま〜ぁ」って聞こえませんでしたか? (大爆笑) 私だけか。
二番の歌詞で

「誰もいない渚へ 誘われたなら 水着の跡さえ あなたしだいね」

という所、当時はそのまま何も考えずに歌を聞いていましたが結構やらしいですね(笑) 「すっぽんぽんかぁ!!」
全体的に歌詞はそんなに難しいことはなくて、沖縄の海へ「めんそ〜れ〜」という感じですね。でも当時私は中学生で「JAL沖縄」キャンペーンソングと言うより「あ、チャゲとデュエットしてる」というイメージしかありませんでした。ちょっと太めの石川さんと短パンのチャゲが楽しく歌っていたこの曲、私の現在のギター弾き語りの曲にもなっています(笑) 友達とカラオケに行くと必ず歌われるのがこの「ふたりの愛ランド」とか「タッチ(岩崎良美ちゃんの方ね)」とか。どんな年代とカラオケしてもみんな知っている歌ってやっぱり凄いですね。

 さて、チャゲ&飛鳥の方は数年前に長期休業に入り別行動になり2007年から再結成。石川優子さんは1990年に歌手引退しDJや映画評論などをしていましたが1994年に結婚されて現在は芸能界にはいません。(きっと引退とは違うと思います。TBSザ・ベストテンの「年末特別番組」などに出演したりしますので)

そんな「石川優子とチャゲ」(これ、よく考えたらもっと何かユニット名つけても良かったんじゃないかな・笑)の『いかにも80年代の風貌』で歌っている2人の勇姿がYouTubeにありました。夜のヒットスタジオのビデオを楽しんでください。

http://jp.youtube.com/watch?v=UHxcGJ_ef0s&feature=related

そして、こちらがTBSザ・ベストテンの映像です。歌詞間違えたチャゲが面白いです。って、チャゲの短パン&白靴下が爆笑です。

http://jp.youtube.com/watch?v=ko2bCNY-4j8


No.22「雨」
作詞:森高千里 作曲:松浦誠二 編曲:斉藤英夫
歌:森高千里
1990年9月10日発売 ワーナー・パイオニア(現ワーナーミュージック・ジャパン)

♪ 雨は冷たいけど ぬれていたいの 思い出も涙も 流すから ♪

 「清純派アイドル」消滅の後、1980年代後半から1990年初期に大活躍した、アイドル歌手としては異色の「元祖オタクアイドル」森高千里さん。1986年にポカリスエットのCMオーディションに合格してスカウトされました。(それからしばらくは「三井のリハウス」と同じく「ポカリスエット、ヒロインオーディション」ってのが続きました)歌手デビューは「NEW SEASON」(1988年3月25日発売)で、「つんとした雰囲気でパーカッションを叩きながら歌う」アイドルとしては異色のスタイルでのデビューでした。
 さて、森高さんは「元祖秋葉系アイドル」ですが(宅八郎が「森高人形」を大事に持っていたのが有名)本領発揮したのはやはり「自分で作詞作曲」し、自分なりの売り方をし出してから「森高ワールド」が全開になりました。シングル「17歳」(南沙織のカバー曲)のちょ~ミニスカートになが~~い足が衝撃的でした。それからは結婚するまで普通はコスプレなんかしなくなるのに律儀に色々な格好をしてファンを喜ばせてくれました(笑) 人気が出てきたときはすでに歌謡界が終わりを告げた時期で、森高さんは賞レースには縁がありませんでしたが紅白歌合戦にはなんと6回も連続出場しています。
 「雨」は森高さんの10曲目のシングルで多くの歌手にカバーされています(オリコン2位)。この「雨」と「渡良瀬川」がしっとりとした良い曲で私のお気に入りの曲です。

「ひとつひとつ 消えてゆく雨の中 見つめる度に 悲しくなる」

「傘もささず 二人だまっているわ さよなら 私の恋」

森高さんは曲先歌詞後の作り方をするそうです。松浦さんの曲に付けた森高さんの歌詞はちょっと字余りぎみの所もありますが中々上手いです。情景が浮かびますね。これが「秋元氏」だと傘を回したり、欄干に掛けるのですね(笑) 雨も「空のあやとり」になります(爆笑)

「思い切り泣いて 強く 抱かれたいけれと 今の私は 遠すぎる あなたが」

この歌詞ですが『今の私は 遠すぎる あなたが』の「遠すぎる あなたが」で、「が」で終わっているのです。私があなたから「遠い」のではなくて「あなたが 遠すぎる」のですね。ううむ。普通なら「あなたが 遠すぎる」ですよね。狙ったのか字余りでこうなったのか、どうなんでしょ?
 森高さんを一躍有名にした曲に「ザ・ストレス」(シングル5曲目)があり、「ウエイトレスの格好が『アンナミラーズの制服』に似ている」と言われました。今見ると全然違うのですが(笑)当時はミニスカートに胸を強調するエプロン、すなわち「アンミラ」だったのですね(笑)森高さんにアンミラの制服を着て欲しかった!(ちなみに昔、渋谷店に十代の頃の「梅宮アンナ」さんがバイトしていて、もう、彼女のためにデザインしたんじゃないかと思えるほど可愛かったです)
 自分で作詞作曲し、ギター、キーボードおろかドラムまで叩く森高さんは「可愛いアイドル」とは違った、小泉今日子さんに通じるようなオリジナルの歌手でした。
俳優の「江口洋介」さんと結婚後1男1女をもうけ、最近たまにCMで見ることができます。また歌って欲しいなぁ。

 さて、この「雨」ですが曲だけ聞いていると「しっとりとした森高さんが雰囲気を出して歌う」イメージですが下記のYouTubeを見て分かるように「サービス精神全開!」で惜しげもなく美しい足を見せてくれます。
やっぱり森高はいい!(爆笑)

http://jp.youtube.com/watch?v=S6Dh5Q1NfYM


No.21「夏色のナンシー」
作詞:三浦徳子 作曲:筒美京平 編曲:茂木由多加
歌:早見 優
1983年4月1日発売 キングレコード

♪ If you love me 夏色の恋人 If you love me 夏色のナンシー 去年とはくちびるが違ってる… ♪

 元祖バイリンギャルの早見優さん。花の82年組です。この年から85年までは続々とアイドルがデビューした時代で、特に82年組には「堀ちえみ」ちゃん、「松本伊代」さん、「シブがき隊」、「小泉今日子」さん、そして「石川秀美」ちゃんと個性的なアイドルがデビューした年でもありました。
じつは私が学生時代(高校生)の時に最初に『アイドル歌手のファンクラブ』に入った最初のアイドルで(爆笑)会員番号「225」番という素晴らしい会員番号でした。(ちなみにその前には「シャネルズ(ラッツ&スター)」のファンクラブにも入っていてその時の番号も「226」番でした)私と同じ年の早見さんは静岡生まれ、3歳から7歳までグァム、7歳から14歳までハワイで育っていました。う〜む、うらやましい! 実はお父さんがジャズシンガーの「井上良」さん、お母さんがモデルさんで同期に「芳村真理」さんで、筋金入りの芸能一家なんです。(当時は知らなかった!)

 さて早見さんはハワイの三越で「サン・ミュージック」にスカウトされて単身帰国しました。1982年4月に「急いで!初恋」(資生堂 バスボンヘアコロンシャンプーのCMソング「恋コロン、髪にもコロン、ヘアコロンシャンプー」という台詞、懐かしいですね)でデビュー。この頃は顔も浅黒くていかにも「ハワイ育ち」でした。英語が堪能でシングル2曲目の「Love Light」では英語歌詞と日本語歌詞両方発売していました。シングル3曲、4曲目の曲が何故か「演歌調(笑)」の歌でアイドルとしては地味な扱いを受けていましたがシングル5曲目の「夏色のナンシー」(コカ・コーラのイメージソング)でブレイク! オリコン7位まで行き、TBSザ・ベストテンにもこの曲から入るようになりました。

「恋かな Yes! 恋じゃない Yes! 愛かな YES! 愛じゃない 風が吹くたび 気分も揺れる そんな年頃ね」

「You&me splashing along the beach Summer time Only two of us along the beach Summer time」

テンポの良い始まりで、コカ・コーラのCMでもこの曲最初が使われていました。自転車を漕ぐ早見さんに水まきのホースから出る水しぶきを笑いながらくぐる場面が「夏の少女」の早見さんにぴったしな映像でした。そして英語の歌詞。

「If you love me 夏色の恋人 If you love me 夏色のナンシー 去年とはくちびるが違ってる…」

早見さんはハワイでは「キャッシー」と呼ばれていて、この「夏色のナンシー」も最初は「夏色のキャッシー」で作詞していたそうですがゴロが悪かったので「ナンシー」に変更になったそうです。
この歌、ギターで歌うのですが『去年とはくちびるが違ってる…』のコード進行とリズムがとっても難しく(私には)さすが筒美さんです。弾むようなリズムと三浦さんの「少女から大人へ変わる女の子の心」を上手く歌詞にした明るくてノリの良い楽曲に仕上がっています。

なお、年末の「新人賞」はシングル3曲目の「アンサーソングは哀愁」という曲で勝負し、最優秀は取れませんでしたが「新人賞」は獲得することはできました。(最優秀は前に書いたとおり、この年はすごかった。ちなみに日本レコード大賞最優秀新人賞は「松本伊代」さんと「シブがき隊」が獲得しました)

 その後、早見さんはロック調のノリの良い曲でヒットを連発。コーセー化粧品のCMソングなどを結構数曲歌っていました。TVやラジオでも活躍し得意の英語を使った「早見優のアメリカン・キッズ」(早朝の日テレ(関東地方)で放映、人形の「ガリソン」くんがおおボケで可愛くなかった(爆笑)って、憶えていますか?)が有名ですね。
1996年に「ス○ス銀行」に勤めるアメリカン・スクール時代の先輩と結婚し2児のお母さんになりました。同期で同じお母さん3人(堀ちえみちゃん、松本伊代さん)で「キューティー★マミー」というユニットを結成してCDも出しました。

じつは早見さんは屋上イベントで握手&サインをもらったことがあるのです(笑)
そんな早見優さんのかわいらしい映像はYouTubeで見られます。足長くて綺麗!
TBSザ・ベストテン初登場です。

http://jp.youtube.com/watch?v=zME4quVVyEQ


No.20「心もJUMPして! 夏のイントロ」
作詞:竹内まりや 作曲:竹内まりや 編曲:新川 博
歌:福永恵規(Satomi Fukunaga)
1987年4月15日発売 キャニオンレコード(ポニーオリジナルビデオ「プロジェクトA子2」主題歌)

♪ はずむおしゃべりにいつか ヴァニラシェイクもとけてく ♪

 福永恵規さんはおニャン子クラブ会員番号11番で番組第1回目のその前、「オールナイト・ニッポン女子高校生スペシャル」に出演し、同じおニャン子クラブ会員番号8番:国生さゆりさんと「夕やけニャンニャン」にスカウトされました。う~む、なんだかおニャン子メンバーばかり続きますね(笑)
 会員番号25番の吉沢秋絵さんの2曲目のシングル「鏡の中の私」のB面に収録されている「会員番号の歌」では福永さんは「♪~東京在住は私だけ 都民の日には休めるんだぞ!~♪」と歌われているように番組初期(会員番号33番布川智子(元シブがき隊のふっくんこと布川君の妹)まで)は本当に東京在住は福永さんだけでした。(でも千葉と神奈川は沢山いた)
 福永さんは「おニャン子クラブ」、「河合その子」、「うしろ指さされ組」、「吉沢秋絵」、「新田恵利」そして「国生さゆり」、「ニャンギラス」の後にデビュー。番組当初はすぐにデビューする予定(番組参加の時に既に事務所「ボンド」に所属。「ボンド」は他に吉沢秋絵さん、高井麻巳子さんなどが所属)だったのですが意外と人気が出ずに初期メンバー後半でデビューしました。

「風のInvitation」(作詞:秋元康、作曲:後藤次利)でデビュー、「夏のイントロ」はシングル4作目(ポニーオリジナルビデオ「プロジェクトA子2」主題歌)であり福永さんのラストシングルでもあります。

「恋人達でにぎわう 通り沿いにあるダイナー」

「あなたの姿 ふいに見つけて 声かけた昼下がり」

作詞、作曲の竹内まりやさんはアイドル系の曲を83年あたりから手がけるようになり、福永さんが歌う「夏のイントロ」の英語歌詞部分の歌を聞いて「英語らしい発音で良い感じ」と褒めていました。
福永さんはちょっとボーイッシュな風貌と声質で、4曲シングルを発表していますが大抵「ボク」と、男の子の視点で歌っています。ただ声域が無くて高い声がでないのですね。なのでデビュー曲の「風のInvitation」はちょっと苦しい歌声になってしまっています。竹内まりやさんが作ったこの曲はそんな声域の福永さんに合った素晴らしい曲です。

「ほんとはずっと好きだったこと 初めて打ち明けるわ」

「ラジオの音が大きくて 聞きとれないよと 私の顔をのぞき込む ポロシャツのあなた」

ここの歌詞、う〜む、大好きです。福永さんの雰囲気とばっちり合っていて映画やCMのワンシーンのようです。初夏のオープンテラスのカフェで向かい合う二人。「好きだったのよ」と女の子から打ち明けるけど「ラジオの音」や「初夏の眩しい光」で聞き取れないでさわやかな笑顔で答える男の子の様子が目に浮かびます。
さて、福永さんはCX系17時台帯番組「夕やけニャンニャン」の第一回から翌年の夏まで在籍し、引退まで4曲のシングルを発表しています。「風のInvitation」、「ハートのIgnition」(CX系TV「スケバン刑事2」主題歌)、「僕達のRUNAWAY」、そして「夏のイントロ」 確かにオリコン1位曲はデビュー曲「風のInvitation」だけですが(他の曲も10位以内に入っています)アルバム2枚ともに本当に名曲が多く、特にシングルはちょっと古い人ですが「小柳ゆき」なんかがカバーすれば格好良い曲になると思います。

福永さんは実は本もだしているのですが、いわゆる「タレント本」ではなくて『ソウルへ行く飛行機の中で読む本(到着直前ガイド)(扶桑社)』という旅行本を出しています。あの時期に「ソウル」なんてちょっと珍しいですね。当時まだ日本語の歌を放送してはいけない時代で「少女隊」がソウルで日本語で歌を歌ってニュースになる時代でした。
見た目はボーイッシュで気の強そうに見られていましたが、おとなしく控えめな性格でした。なのでおニャン子卒業後に独り立ちして色々苦労したようです。体調を崩し長期休暇。その後引退しました。現在は主婦として生活しています。復活系のTVなどには出ませんがおニャン子の思い出は大切にしているようです。
福永さんの歌は全て好きなのですが、特にシングル3曲目の「僕達のRUNAWAY」が個人的に好きです。

そんな福永さんの姿はYouTubeで見られます。が、シングル3曲までしかありませんでした(泣)しかし止め絵ですが「シングル4曲お楽しみ」動画があったのでこちらで「夏のイントロ」をお楽しみ下さい。
http://jp.youtube.com/watch?v=73FcNx2Gkgs&feature=related


No.19「あじさい橋」
作詞:秋元康 作曲:見岳章 編曲:見岳章
歌:城之内早苗
1986年6月11日発売 CBSソニー

♪ 渡れる 渡れない ふたりが名付けた橋 渡れる 渡れない ああ あじさい橋 ♪

 おニャン子クラブ、会員番号17番城之内早苗さん。前回と同様おニャン子出身で演歌歌手です。CX系帯番組「夕やけニャンニャン」番組内の「ザ・スカウトアイドルを捜せ!」というコーナーでスカウトされました。ちなみに城之内さんの前に合格したのは「高井麻巳子」さん、その後は「永田ルリ子」さんという番組上もっとも人気のあったメンバーの間にスカウトされました。中学2年生の時に東京12チャンネルとCBSソニー主催の「全日本演歌選手権」に出場をきっかけでスカウト。その後、おニャン子クラブに入会となりました。
 城之内さんのデビュー曲である「あじさい橋」は『女性演歌歌手デビュー曲初登場1位』というオリコンの記録を打ち立てた曲であり、現在でも打ち破ることのできない記録として残っています。(ちなみに男性では「演歌初登場1位」というのは氷川きよしさんが記録していますが、「デビュー曲初登場1位」というのは氷川さんでもできなかったです)
しかしオリコンの記録改訂で『グループに所属していてソロデビューに至った人は記録にならない』という事で現在は「過去」の記録となっています。でもきっとこれからも「演歌デビュー曲初登場1位」という記録は誰にも出せないと思います。

「あの人とこの橋の あじさいの花」

「遠くにゆっくりと 梅雨が来て 空からそっと投げた 絹の糸の雨」

作曲者(作詞者も)は後に美空ひばりさんの名曲「川の流れのように」を担当する見岳さん。メロディラインは美しくて「ニュー演歌」っぽくて良いです。が、歌詞はいつもの秋元氏の「ぱくり歌詞」(爆笑)
雲の糸という物語そっくりです(笑)演歌っぽい要素をいれながらアイドル歌詞としても聞けるようにしたとは思いますが当時私は、「ああ、売れ筋路線に乗っかった曲」と失礼ながら解釈していました。現在は「あじさい橋」は大好きで名曲だと思っています。

「渡れる 渡れない ふたりが名付けた橋 渡れる 渡れない ああ あじさい橋」

「小さなこの傘を 開いたまま 欄干に立てかければ 思い出の花」

この曲で「欄干」という漢字と意味を憶えた人もいるのではないでしょうか(爆笑) 二人で名付けた橋の名前が「あじさい橋」で、小さな傘を「あじさいの花」=「思い出の花」としているのですね。いつも2人で佇んでいた「あじさい橋」梅雨が来て「絹の糸」のような雨が今は「いつのまにか 涙になった」 う~む、都会へ出て行った「あの人」、結局戻ってこなかったという悲しい恋の終わりの歌なのです。

 ところで城之内さんの大叔父さんは元ジャイアンツ、ロッテに所属していたプロ野球選手なんですね。このことは夕ニャン番組内でも言われていました。夕ニャン最初の方から解散時まで所属し、現在でも演歌歌手として活躍している城之内さん、当時会ったことのあるおニャン子でもありました(爆笑) 城之内さんはソロデビュー時に「ソロになっても『ニャンギラス』のような色物系でデビューさせられる」と思っていたようでこの「あじさい橋」という名曲をいただいて本当に嬉しかったようです。
 ちなみにこのオリコン1位曲の「あじさい橋」ですが、次の1位は「ニャンギラス」の『自分でゆーのもなんですけれど』なんです(爆笑)う~む、因縁を感じるなぁ。

城之内早苗さんの「あじさい橋」YouTubeにあります。

http://jp.youtube.com/watch?v=lLKMOMxTHO0

TBSザ・ベストテンには11位までしか行きませんでしたがNET「歌のトップテン」には入りました。その時の様子をお楽しみ下さい。



No.18「アマリリス」
作詞:和泉ゆかり 作曲:後藤次利 編曲:後藤次利
歌:渡辺美奈代
1987年7月29日発売 CBSソニー

♪ わからない 今日の私が 何故 あなたを 遠く見てるの ♪

 おニャン子クラブ、会員番号29番の渡辺美奈代さん。もともとジャパン・アーティスト・オフィスで歌のレッスンをしていて、校内オーディションでCBSソニー(当時)にスカウト。その後ニッポン放送「三宅裕司のヤンパラ」でイメージ・ガールオーディションで同じく会員番号28番の横田睦美さんとともに合格。(これは夕ニャン合同企画なので「合格」=おニャン子メンバーでした) 夕やけニャンニャン中期から末期まで、後で加入した「渡辺満里奈」さんとともに「W渡辺」と言われ主になるメンバーでした。
 ソロデビュー前に同じおニャン子クラブ会員番号8番の国生さゆりさんのデビュー曲「バレンタイン キッス」のwith(バックコーラス)を担当していました。(withの2人は美奈代さんと、会員番号22番の白石麻子さんでした。白石さんはその後「ニャンギラス」メンバーに入り全シングルオリコン1位という偉業をなしとげています・笑)
 '86年7月に「瞳に約束」でデビュー。ミニスカートとかわいらしいつぶらな瞳で一躍トップアイドルになりました。当時デビューお披露目コンサートを『武道館』で、しかも3曲しか歌わないという前代未聞の技を成し遂げたたった1人のアーチストでした。デビュー曲から初登場オリコン1位を5曲連続で獲得した初めてのアーチストでもあります。(その後、光ゲンジに抜かされる)かわいらしい曲の多い美奈代さんですが、私が当時の美奈代さんらしい曲だと思うのは「TOO ADULT」「PINKのCHAO」で、この2曲は名曲です。
 さて、「アマリリス」はおニャン子在籍最後の曲でこの曲でCX系TV「夕やけニャンニャン」は番組終了します。

「きらきら 真夏の雨 緑をにじませてく あなたの傘 抜け出して」

「平気よ 濡れたってと 無邪気に ごまかすのよ 子どもだと 笑わせて」

本来は「真夏の雨」なんですが、私には「梅雨の晴れ間の出来事」に感じます。この曲は秋元氏が詞を提供していなくてやはりちょっと今までの美奈代さんの歌とは系統が違います。それまでピコピコ音楽にかわいらしい少女だった美奈代さんがこの曲でちょっと大人になった気がしました。(いろんな意味で・爆笑)

「わからない 今日の私が 何故 あなたを 遠く見てるの」

「わからない でも何ひとつ 私だけが みんなと違う」

真夏の雨の中、キラキラした雰囲気の中で少女だけが「彼との別れの予感」を感じているのでしょうか。当時、美奈代さんに歌唱指導していた人は「曲のイメージを膨らませて、自分自身で解釈しなさい」と言われていたようで美奈代さんは「別れた」と感じて表現していたと聞いたことがあります。
「みんながおとなの心になってゆくのに自分だけまだ少女時代に踏みとどまる。大人の世界へ行きたいけどまだこわいの…」というところでしょうか。

 さて、おニャン子クラブが解散してからの美奈代さんは意外と名曲を歌っています。鈴木慶一さんと組んだアルバムは必聞です。バラエティや司会、そしてドラマなどに出演し結婚。2時間ドラマ、鶴太郎さんの妹役で見ることが来ます。去年、久しぶりに歌を歌っている姿を見たときはちょっぴり嬉しかったです。現在は女優をしながら名古屋にある自分のネイルアートのショップを経営しています。
2005年におニャン子再結成(番組初期から会員番号33番まで)の曲「ショーミキゲン」でもメインボーカルを担当していますがアイドル時代よりだいぶキーが低くなっていて最初「どこのパートを美奈代さんが歌っているの?」と分かりませんでした。でもハスキーな声になった美奈代さん、素敵でした。

渡辺美奈代さんの「アマリリス」、「夕やけニャンニャン」番組内で歌っているのより「夜のヒットスタジオ」で歌っている方がフルバージョンなのでそちらをお楽しみ下さい。
http://jp.youtube.com/watch?v=C4ib5kPpXGE&feature=related

 


No.17「夏が来た!」
作詞:穂口雄右 作曲:穂口雄右 編曲:穂口雄右
歌:キャンディーズ
1976年5月31日発売 CBSソニー

♪ 季節が僕の背中にやきついて 白いサンダルが似合うようになったら 今日はそうだよ少しだけ 大人のふりしてみよう ♪ 

 今まで色々なアイドル歌手を「ファンでした!」と言いましたがこの「キャンディーズ」が僕にとって、本格的に意識したグループ・シンガーでした。ランちゃんこと「伊東欄」さん、スーちゃんこと「田中好子」さん、そしてミキちゃんこと「藤本美紀」さんの3人によるアイドルシンガーで、私はスーちゃんが好きでした。デビュー曲「あなたに夢中」から4曲目の「なみだの季節」までスーちゃんがセンターで歌っていましたが以後「わな」でミキちゃんがセンターをとる以外すべてランちゃんがセンターで歌っていました。ただ、キャンディーズは曲によって主旋律を歌う人が変わっていたので「センター=メインボーカル」という図式には当てはまりませんでした。
 初期のキャンディーズはあまり売れず、「かわいらしい、妹のようなスーちゃん」をメインに押し出していたのを「年下の男の子」でちょっぴりおねえさま系のランちゃんをメインに持ってきたらこれが大ヒット。以後このスタイルを通すことになりました。バラエティでも活躍していて、「8時だよ!全員集合」のアシスタントや(ベストコント100や体育などのコントが有名)「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」では伊東四朗さんや小松政夫さんと対等にコントをくりひろげていました。(電線音頭って憶えてる?)
そんな彼女たちの大ヒット曲「春一番」の次に発表された曲がシングル10曲目の「夏が来た!」でした。ちょっと「二匹目のどじょう」状態かなとも思いますがオリコン最高5位、15万枚の売上。(ちなみにこの曲はさびとスキャット部分は3声和音ですがその他はユニゾンです)

「砂の上に髪をひろげて ねころんで夢を見て」
「こんな不思議な出来事が あっていいものかと思うぐらい 幸せな雲が 風におどるよ」

なんとも印象的なさびです。そのまま読んでもポエムのようです。

「季節が僕の背中にやきついて 白いサンダルが似合うようになったら 今日はそうだよ少しだけ 大人のふりしてみよう」

この歌詞とても好きです。私が小さかった頃の夏、暑い風が吹いていて、それも公園。セミが鳴いて凄く太陽が高いのに公園には誰もいない。そんな小さな頃の経験をなぜだか思い出しました。この曲が流行っていた時期ではないのにこの歌詞と思い出がシンクロしているのです。

 この曲は面白いことにサビの部分「砂の上に髪をひろげて…」という所は女の子を歌っていて、「季節が僕の背中に焼き付いて…」という出だしは男の子の事を歌っているのですよ。う〜む、やっぱり作詞の穂口雄右さんは天才だ!

 当時は後でデビューした「ピンクレディー」と2大女性グループとして大活躍時代で、TBSザ・ベストテン第1回目では1位が「ピンクレディー:UFO」で、2位が「キャンディーズ:わな」という順位からも当時の人気がわかります。と、言うことはキャンディーズはザ・ベストテンという歌番組には「わな」と「微笑みがえし」だけがランクインだったのですね、フムフム。(「つばさ」は除く)
 そんなキャンディーズも「普通の女の子にもどりたい!」という歴史的台詞を残してグループ解散。ランちゃん、ス〜ちゃんは引退前から「女優として生きたい」という言葉どおりに素晴らしい女優さんになりました。ミキちゃんも解散後1曲歌を歌いヒット、その後家庭に入りました。よく考えたらキャンディーズって1度も「再結成」していないのですね。あ〜、3人で歌っている姿がもう一度見たい! 
関係者の話では解散後も3人で良く会っているそうです。

「夏が来た!」の動画はYouTubeにありましたがなんと「みごろ!たべごろ!笑いごろ!」のコントシーン付きがありました!これで歌とコントを存分に楽しんでください。それにしても白の衣装が可愛いですね。
http://jp.youtube.com/watch?v=uL9WADnAb_A&feature=related
(YouTubuの為、リンク切れご了承くださいませませ)


No.16「蒼いフォトグラフ」
作詞:松本 隆 作曲:呉田軽穂 編曲:松任谷正隆
歌:松田聖子
1983年10月28日発売(シングル「瞳はダイアモンド:蒼いフォトグラフ」両A面) CBSソニー

♪ 一度破いて テープで貼った 蒼いフォトグラフ ♪ 

 1980年代のビッグアイドル松田聖子さん。80年組の代表アイドル歌手でもあります。同期には田原俊彦(トシちゃん)さん、河合奈保子(ナオナオ)さん、柏原よしえ(よしよし)さん、浜田朱理さん、EPOさんなどそうそうたる顔ぶれでした。この80年組から毎年のように○○年組という名称でアイドル歌手が誕生していきました。当時「スター誕生」(後期)、「ホリプロスカウトキャラバン」、そして「西城秀樹の妹」などなどアイドル登竜門となる番組やオーディションがたくさんあり、民放もごそってゴールデンタイムで放映していました。
 松田聖子さんはCBSソニー主催の「ミス・セブンティーンコンテスト」の九州地区大会で桜田淳子さんの「きまぐれヴィーナス」を歌い(う~む、時代を感じるなぁ・笑)優勝しました。1980年1月に日本放送の「ザ・パンチ・パンチ・パンチ」にDJ(って言って良いのか? でも私は聞いていましたよ)で活躍し3月にNHK「レッツゴーヤング」のサンデーズのメンバーになり4月に「裸足の季節」でデビューしました。ものすごい順調に見えますが実は同じCBSソニーで同期の「浜田朱理」さんの方がCBSソニーは押していて、当時「ポスト百恵」は間違いなく浜田朱理さんでした。しかし蓋を開ければ「アイドル」としてデビューし、「聖子」ちゃんを前面に押した売り方が当たり皆さんご存知の通りオリコン1位をばく進していきました。松田聖子さんがデビューしてからのティーンの女の子の髪型はほとんど「聖子ちゃんカット」で社会現象にもなりました。
 所属事務所(サンミュージック)とレコード会社ってとっても重要で松田聖子さんの成功はもちろんご本人の歌唱力、髪型など当時の歌謡界にマッチしたのですが、やっぱり「ニューミュージック系の人に楽曲を作ってもらえた」事がとても大きかったと思います。ユーミンが作ってくれた曲は今でも通用しますからね。
もし松田聖子さんが「コロンビア」からデビューしていたら演歌系になったと思うし、「キャニオン」だったらバラエティ系かな。でも「ビクター音楽産業」や「東芝EMI」などだったらまた違った聖子ちゃんの歌が聞けたかもしれません。売れたかどうかは別としてね。
 さて、当時デビューしたアイドル歌手って必ずキャッチフレーズというのが付いていて、聖子ちゃんは『抱きしめたい!ミス・ソニー』というこっぱずかしいキャッチが付いていました。本人無視ですね(爆笑)
「蒼いフォトグラフ」は実は松田さん3曲目の両A面の曲でカップリングは「瞳はダイアモンド」でした。私はこの2曲が大好きでギターでも弾き語りをします。両曲ともに作詞「松本隆」、作曲「呉田軽穂(ユーミン)」で曲も歌詞も素晴らしいです。

 「光と影の中で 腕を組んでいる 一度破いてテープで貼った 蒼いフォトグラフ」
 「今一瞬あなたが好きよ 明日になればわからないわ 港の引き込み線を 渡る時 そうつぶやいた」

う~む、素晴らしいですね。さすが松本さん。某秋元氏のようにどっからか持ってきた綺麗な言葉を並べただけじゃない、歌詞を読んだだけでも情景が想像できます。当時の1番輝いていた(と、私は思っています)聖子ちゃんにぴったしの歌です。メロディも美しいしさすが才能のある人は違いますね。

「いつかどこかで逢っても 変わらないねって 今の青さを失くさないでね 蒼いフォトグラフ」

写真の色が変わっても、私達は変わらず蒼いままでいましょう。ということはやっぱり別れた2人なんですね。こうやって考えていると両A面もう一方の「瞳はダイアモンド」の方は「悲しい別れの思いで」ですが「蒼いフォトグラフ」はお互いに別れても良い思い出にしましょう。というちょっと前向きな歌なんですね。両方聞き比べるととても面白いです。
さて、私は聖子ちゃ~~ん! 大好きでしたがそれはシングル21枚目の「ボーイの季節」まででした(1985年5月)。その後はご承知のとおりにおニャン子クラブに変わってしまい(爆笑)アイドルまっしぐらの生活になります(笑)
 現在の聖子さんはちょっとね。何をやっても痛い感じがします(笑)どうかお願いです、絶対に真理ちゃんのようにならないでね!!

さて、この曲はYouTubeでは歌っている姿はありませんでしたが止め絵(聖子さんのシングルジャケット紹介)と「蒼いフォトグラフ」が流れているのを見つけました。曲を楽しんでくださいね。
http://jp.youtube.com/watch?v=pC-b9jLryF0(YouTubeの為、リンク切れご了承くださいませませ)



「新緑に萌え萌え!!」特集2
No.15「パナマのシャポー」
作詞:秋元 康 作曲:小林亜星 編曲:国吉良一
歌:新田恵利
1987年6月17日発売(シングル「サーカス・ロマンス」B面) キャニオンレコード

♪ パナマのシャポー ちょっぴりじらして フワリ舗道に 落ちてみたり それから のぼったり ♪ 

 おニャン子クラブ会員番号4番「新田恵利」さん、意外とタイアップ曲が多かったの知っていましたか? 「しるか!」と言われそうですね(爆笑) 新田さんがおニャン子クラブ在籍中(卒業前)は全ての曲が番組内で歌われていたので夕ニャンのタイアップは除外して、デビュー曲の「冬のオペラグラス」はCX系TV「なるほど!ザ・ワールド」のエンディングテーマ。シングル5曲目「若草の招待状」はCX系世界名作劇場「愛の若草物語」テーマソング。(これには逸話があり、カルピスお子様劇場(後にハウス劇場)という、名作を生んだ番組枠のアニメソングを歌ってしまい、あまりに下手でクレームが付いて早々に差し替えられた。という本当ともウソとも取れる話。ちなみに「高見沢俊彦」が曲を提供しています。)そして今回取り上げた曲、シングル6曲目「サーカス・ロマンス(B面:パナマのシャポー)」は東宝映画「ラッコ物語」のイメージソングでした。じつはこの「サーカス・ロマンス」もとんでもない歌なのですが意外と私は好きでよくギターで歌っています(笑)

 さて、「パナマのシャポー」はその「サーカス・ロマンス」のB面曲で、AB面共に作詞「秋元康」作曲「小林亜星」という力の入れようでした。映画の主題歌だから当たり前か(笑)新田さんの全シングル(12曲)のB面曲の中でも「ぶっとび度」がかなり高くて(笑)私はシングル2曲目の「恋のロープをほどかないで」B面曲、「ピンクのリボン」か「パナマのシャポー」、どちらを「ぶっとび度1番」にするか選ぶことができませんでした(笑)

 「誰かつかまえて 誰かつかまえて 早くつかまえて」
 「パナマのシャポー 風にとばされて まるで蝶々のように パタパタ 飛んでいった」
 「パナマのシャポー 青い空高く 白い翼をそっと広げ 屋根など飛び越えて」
 「君は慌てながら 追いかけたけど 両手伸ばしたって いまさら遅いね」

と、風に飛ばされた「シャポー」、大空の中を飛んでいく様がありありと目に浮かびます。私はちょっと「人間の証明」入っているかなとも思います。きっと秋元氏の事だからぱくったんだと思いますがね(笑) 

 「パナマのシャポー ちょっぴりじらして フワリ舗道に 落ちてみたり それから のぼったり」

う~む、見た目そのままの歌詞じゃん! まあ「パナマのシャポー=恋心」という図式なんですね。 この普通の歌詞をおもしろおかしくしているのははやり新田さんの歌唱力につきると思います。おニャン子クラブ内でソロデビュー組4人目なのですが(「河合その子」さん、「うしろゆびさされ組」、「吉沢秋絵」さん、そして「新田恵利」さんの順番です)デビュー曲から歌唱力が全く変わらなかった新田さんは凄いのひと言です。新田さんはおニャン子卒業後ソロ活動から一旦引退して結婚。そして現在はバラエティ番組や舞台で活躍して(?)います。それにしてもおニャン子クラブ系の曲はB面にある意味秀作がそろっています。
 この曲が「なぜ新緑萌え萌え!」か? と言うと「何となく」です(爆笑)

この曲はB面なのでもちろん動画はありません。ですがA面「サーカス・ロマンス」はありました! この曲を聞いて想像してください(爆笑)この曲、好きですよ~。
http://jp.youtube.com/watch?v=EQ-DWhf75Wk


「新緑に萌え萌え!!」特集1
No.14「若葉のささやき」
作詞:山上路夫 作曲:森田公一 編曲:竜崎孝路
歌:天地真理
1973年3月21日発売 ソニーレコード

♪ 若葉が町に 急に萌えだした ある日わたしが知らないうちに ♪ 

 「真理ちゃ~ん!」とアイドル追っかけ隊が歌の合間に声を掛けた初めてのアイドル真理ちゃん。あなたは確かに1970年代初めはちょ~~ビックアイドルでした。当時、「アイドルグッズ」というのが初めて売られた時で「真理ちゃん○○」という名目であらゆる商品が売り出され、私は「ドレミ真理ちゃん」という白い自転車が欲しくて店先で泣いた覚えがあります(爆笑) その時親は「白は女の子が乗る自転車でしょ!」と言い、私は「真理ちゃんの自転車が欲しいの!」とがんばりましたが結局買ってもらえませんでした。でも後でもっと格好良い仮面ライダー自転車をプレゼントしてもらったのでよかったのか、悪かったのか‥(爆笑)

 さて、真理ちゃんですが今でこそ見るもおぞましい姿になってしまいましたが(ごめんね、真理ちゃん。でもくやしかったらもう1度痩せてね!)当時は『白雪姫』という呼び名がふさわしい、本当に透き通った美しい、素敵なおね~さまでした。デビューのきっかけはTBSドラマ「時間ですよ」のお手伝いさんオーディションなんです。このオーディションで合格したのはご存知みよちゃんこと「浅田美代子」さん。(みよちゃんが歌う番組挿入歌「赤い風船」は大ブレイク)そのオーディションでは落ちたのですがあまりに可愛くてスター性があったので番組プロデューサーが急遽「隣の真理ちゃん」という役を真理ちゃんの為に設定して登場。瞬く間にスターになってしまったのです。1971年10月に「水色の恋」でデビュー。セカンドシングル「ちいさな恋」から始まりシングル5曲がオリコン1位に輝きました。これはのちにビンクレディーが抜く抜くことになります。そんな真理ちゃんの6曲目のシングルが「若葉のささやき」でした。
『若葉が町に 急に萌えだした ある日わたしが知らないうちに』と歌い出し、なぜ「知らないうちに萌えだした」というと「あなたのことで胸がいっぱいでわからなかったの」という、春から夏にかけての新緑の季節に恋をした女性の気持ちを歌っています。「愛はよろこび、それとも涙」この歌詞はとても素敵で私は大好きです。愛というのは「よろこび」なのか、それとも「悲しみ」なのか、「若葉と風とささやく町を」女性はこころに止めて、町を歩いていきます。イメージ的にちょっとヨーロピアン風の町並み(煉瓦歩道にガス灯、タータンチェックのロングスカートにベレー帽。ブーツを履いた女性…、ってほとんど私の趣味ですね(秋元氏が書きそうな歌詞)・笑)を想像してしまいます。実際歌っている真理ちゃんは「水森亜土」ちゃん見たいな格好なんですがね(爆笑) 真理ちゃんの歌はとても素敵な歌が多いのですが、この歌が私のThe best1になります。
この歌は大好きでカラオケでもギター弾き語りでもなんでもよく歌います。恐らく私の出せるキーの1番高い声だと思います。(じつは高見沢の声も昔は出たけど今はだめ)当時、真理ちゃんも裏声で歌っていたので現在ものまね「ご本人と一緒」で歌うとぼろぼろです。これはまあ、しょうがないけどね(泣) あぁ、真理ちゃん。もう番組で歌わないで(笑)私の心の中でずっと「白雪姫」でいて…。

 そんなかわいらしい、ちょ~アイドル時代の天地真理ちゃんの「若葉のささやき」はこちらでお楽しみ下さい。
http://jp.youtube.com/watch?v=jYAO10QHii8(YouTubeなのでリンク切れご了承下さい)

 そして、噂の「ドレミ真理ちゃん自転車」のCMです。今見るとどう見ても「女の子」用ですね。あぁ、買わなくて良かった(大爆笑) それにしてもなぜ「ドレミ」?
http://jp.youtube.com/watch?v=9q77bvdz9-U



「春が来た!」特集5
No.13「三色すみれ」
作詞:阿久悠 作曲:中村泰士 編曲:馬飼野康二
歌:桜田淳子
1974年2月25日発売 ビクター音楽産業

♪ ”この花のおもいでは二人だけの秘密 この花がとどいたらすぐに駈けてておいで”と ♪

 なぜか桜田さんは「じゅんこ・さくらだ」と呼んでしまいます(爆笑) 他にも「しげる・まつざき」とか。う~む、なぜじゃ(笑)さて、桜田さんはここで書かれるのが多い「スター誕生」出身で決戦大会番組史上最多の25社からのオファーがありました。
ここで「スター誕生」についてですが、毎週7名(後期は変動)の予選合格者が生放送番組で1曲歌い、合格点数以上だと合格。決戦大会まで合格者は日本テレビ音楽学院で音楽の勉強をして決戦大会(各スカウトマンの前で歌う)へ出場できました。決戦大会での審査は点数ではなくて歌い終わった出場者が「6番、桜田淳子。一生懸命歌いました。よろしくお願いします」と一人一人スカウトマン(各レコード会社やプロダクション)の前で挨拶し、萩本欽一さんの「それじゃ、おねがいします!」という声でスカウトマンが気に入った出場者に対してプラカードを上げる(スカウトする)というシステムでした。(本当に大まかな説明です)
 決戦大会で牧葉ユミさんの「見知らぬ世界」という曲を歌いスカウト25社から見事桜田さんを引き当てたのがサンミュージック。1973年2月に「天使も夢見る」でデビューしました。たちまちトップアイドルになり当時「森昌子さん(ホリプロ)、山口百恵さん(ホリプロ)」とともに『花の中三トリオ』として大活躍。
 「三色すみれ」は5曲目のシングルでこの曲の前曲「花物語」からチャートインするトップアイドル時代の始まりの歌でもあります。「三色すみれ」を両手で持って横分けのショートカットがとにかくかわいらしく、ちょっと鼻にかかった歌声は多くのファンを魅了しました。「大切に胸に抱く愛の三色すみれ」の思い出は「初めての口づけ」で、「この花のおもいでは二人だけの秘密 この花が届いたらすぐに駈けておいで」となんとも少女マンガ的なかわいらしい歌詞に仕上がっています。さすが阿久さん。70年代の女学生時代とマッチしたこの曲は恋に目覚めた少女の心を「三色すみれ」に表しています。きっとこの頃の学生の愛読書は「明星、平凡」と「高一時代や高1コース」だったんじゃないかな(笑) この歌から桜田ワールドが炸裂! かわいらしい歌が続きます。
 ドリフ(8時だよ!全員集合)でも志村けんと組んだ「ベスト100コント」内の『「私って…ダメな女ね…」という、やたらテンションの高い若奥様役』で笑わせて貰いました(笑) 秋田出身なのでアイドル歌手で有りながら「やっぱり早苗だべさ」という衝撃的な台詞の「イセキのトラクター」のCMまでこなしていました。花の中三トリオの中では身長もスタイルも良く大人びていて、70年代のトップアイドルとしてグラビアなどでおしげもなく体(水着付き・笑)を披露してくれました。1983年からは歌よりも女優として活躍。でもそれまでヒットを連発していた桜田さんは凄かったです。後期の「神戸で逢えたら」や「化粧」、そして「ミスティー」などは物まねタレントによく真似されていましたね。
 結婚後は家庭に入りほとんど芸能活動はありませんでしたが私は「淳子・桜田」ボックスCDが欲しくてしょうがないです(笑) また歌ってくれないかな。

桜田淳子さんの「三色すみれ」は色々探したのですが残念ながら動画はありませんでした。


「春が来た!」特集4
No.12「ほらね、春が来た」
作詞: 秋元康 作曲: 後藤次利 編曲: 後藤次利
歌:うしろ髪ひかれ隊
1988年2月25日発売 ポニーキャニオン

♪ 小川のせらぎ 誰かのI love you 私なんだか ひとりごと 両手ですくった おたまじゃくし ♪

 「Come on Come on Come on Come on フゥ〜」で始まるかわいらしい少女3人が歌う「ほらね、春が来た」はおニャン子クラブ会員番号38番:工藤静香、会員番号40番:生稲晃子、そして会員番号42番:斉藤満喜子 のユニット「うしろ髪ひかれ隊」の4枚目のシングルです。でもどちらかと言うとCX系アニメ「ついでにとんちんかん」のOPとしての方が記憶にあるかもしれませんね。この曲が発売されたときはすでにおニャン子クラブは解散していて「夕やけニャンニャン」も番組終了していました。それでもオリコン6位(自己最高セールス)のヒットでTBSザ・ベストテンにもランクイン。そもそもおニャン子クラブは…と話すときりがないので止めますね(爆笑) デビュー曲「時の川を越えて」(1987年5月7日発売)時には会員番号40番の生稲さんはローソンのからあげくんのCMに出演していて、『生稲さんをデビューさせるためのユニット』だったのですよ! ボーカルもほぼメインを取っていました。それが歌唱力と人気で工藤さんに取って代わられ、このデビュー曲のソロパートも工藤さんに持って行かれてしまいました(泣)(シングルレコードは生稲さんメイン、CDやコンサートなどでは工藤さんがメインになっています) さて、「ほらね、春が来た」は後に作詞の秋元さんが「春一番(キャンディーズ)をぱくった」と言うようにかなり意識して詞を作ったようです(って、秋元氏の「ぱくり」は有名)。この曲の最大の魅力はなんと言っても「曲がポップで可愛くて良い」のだと思います。「はい!」とか「3、4!」と声を掛けるところでは3人が両足を上げて「ぴょん」と飛び上がる所なんて本当に可愛かったです。「小川のせせらぎ 誰かのI love you 私なんだかひとりごと 両手ですくったおたまじゃくし」とありますが想像上では「小川で少女がおたまじゃくしを手ですくう」のは可愛いですが、ちょっとグロいですよね(爆笑)この曲ではきちんと3人が均等にボーカルを担当しています。
うしろ髪ひかれ隊としてのシングルは5曲だけなのですがAB両面全曲タイアップってのは凄いです(笑)全てオリコン10位に入っていて、楽曲としても完成度が高い作品になっています。(ちなみに同じおニャン子クラブのユニット「ニャンギラス」(会員番号6番:樹原亜紀、会員番号9番:名越美香、会員番号15番:立見里歌、そして会員番号22番:白石麻子)は全シングルオリコン1位でアルバムも10位内に入るという偉業を成し遂げています)
実は工藤さんと生稲さんはユニットデビュー前に「デビュー候補」として渡辺満里奈さんのデビュー曲「深呼吸して」でバックコーラスを2人でやっていたのですよ。このメンバー全員今でも芸能界で活躍しています。
 その後、工藤さんは歌手、女優としてみなさんご承知の通り、生稲さんも女優として活躍。斉藤さんも90年代に引退するまで12チャンネルなどのゴルフ番組を長くやっていた「勝ち組」のユニットでした。
名曲揃いの「うしろ髪ひかれ隊」、どうですか久しぶりに聞いてみませんか?

うしろ髪ひかれ隊の「ほらね、春が来た」はこちらでお楽しみください。(YouTubeなのでリンク切れご了承くださいませ)
http://jp.youtube.com/watch?v=wJR99sq8rqc


「春が来た!」特集3
No.11「春ラ!ラ!ラ!」
作詞: 伊藤アキラ 作曲: 森田公一 編曲: 竜崎孝路
歌:石野真子
1980年1月1日発売 ビクターエンターティメント(ビクター音楽産業)

♪ 春の香りのせいかしら あなたが嫌いなわけじゃない ♪

 「ま~こ、ちゃ~~ん!」ああ、懐かしい。70年代後半から80年代最初のトップ・アイドルでした。前回紹介した小泉さんも、八重歯がかわいかった石野さんもどちらも「業界系」で活躍する人(放送業界や作家、漫画家など)のファンが多く、みんなでバックアップしたアイドルでもありました。スター誕生出身(スタ誕決戦大会合格同期は「渋谷哲平」です)で1978年「狼なんか怖くない」でデビュー。八重歯(?)と抜群の歌唱力でその年の歌謡賞新人賞を獲得(日本レコード大賞最優秀新人賞は残念ながら獲得ならずに「渡辺真知子」さんが受賞)デビュー曲「狼なんか怖くない」とセカンドシングルの「わたしの首領<ドン>」は作曲に吉田拓郎を起用するぐらいに気合いが入っていました。(作詞は両方とも阿久悠です)
さて、この「春ラ!ラ!ラ!」は8枚目のシングルで自己最大のセールスを記録しています(オリコン16位)TBSザ・ベストテンもこの曲で初出場しました。初登場はたしか札幌雪祭り会場から中継でものすごく寒い中、歌っていたのが印象に残っています。「やった!チャートインした!」と喜んで見ていました。実は石野さんはこの曲の前に出したシングルがかわいらしいアイドルらしい曲が多かったのですがこの次の曲、「ハートで勝負」以降はちょっとアダルトな雰囲気になり(私は大好きな曲が多いですが)結婚引退に至ります。
「あなたが好きになる前に ちょっと愛した彼かしら」と、この曲は実は「別れた彼氏と会ってみようかな」それも「今の彼氏と3人で」というすごい歌詞なんですね。「会ってみたいな久しぶり」「春の香りのせいかしら あなたが嫌いなわけじゃない」と、春に「何かはじまる」と、明るい曲なのに内容は「不倫」?というよりむしろ3人で楽しみましょう! という凄い内容(笑)
『春という字は三人の日と書きます』う〜む、ここから阿久さんは連想したようですね。
しかし、歌う石野さんは明るくてかわいらしくて容姿、声、そして楽曲とぴったり合った1曲に仕上がっています。20年以上経っても未だにどこかで聞く名曲ですね。
 一旦引退しましたが復帰後は歌番組の司会やバラエティ、ドラマと現在でも活躍しています。たまに歌う姿も見られるのが嬉しいですね。

*この曲の発売日は1月1日ですが、元旦発売って結構ありますね。新田恵利の「冬のオペラグラス」1986年1月1日発売、渡辺満里奈の「ホワイトラビットからのメッセージ」も1987年1月1日でした(関係ないか。あれ、おニャン子ばっかり・笑)

石野さんの「春ラ!ラ!ラ!」はこちらでお楽しみください。(YouTubeなのでリンク切れご了承くださいませ)
http://jp.youtube.com/watch?v=YtKCK-FWoLA


「春が来た!」特集2
No.10「春風の誘惑」
作詞:篠原仁志 作曲:緑一二三 編曲:萩田光雄
歌:小泉今日子
1983年2月5日発売 ビクター音楽産業

♪ 去年の春より 大人になった私 きっと白い蝶になって 飛び立てるわ あなたへ ♪

 前回紹介した『新井薫子』さんとほぼ同時期にリリースした小泉さん4枚目のシングルです。この頃はまだ垢抜けなくて「ポスト聖子」のような「事務所の言いなり、よい子小泉」を演技していましたね(笑) 日テレのオーディション番組「スター誕生!」後期の決戦大会優勝者で(ちなみに当時、石野真子の「彼が初恋」を歌って合格しました)私はこの決戦大会見てました。1982年に「私の16才」でデビュー(じつはこの曲、森まどか「ねぇ・ねぇ・ねぇ」のカバー曲なのご存知?)。このデビュー曲は日テレの音楽祭で伊代ちゃんを押さえて新人賞を獲得しています(笑)(日テレやFNS、12チャンネルのメガロポリス歌謡祭などは夏などに開催され、年末の日本レコード大賞最優秀新人賞は後期にデビューした「シブがき隊」と前半飛ばした「松本伊代」が獲得しています。日テレ=小泉今日子、FNS=シブがき隊、メガロポリス=石川秀美、が新人賞を獲得しているのですが…、う~む、どうも自社新人にあげた気がしますね・笑) さて、シングル2曲目も林寛子のカバー曲「素敵なラブリーボーイ」で、実質オリジナルシングルは3曲目の「ひとり街角」になるのです。この時期は「聖子ちゃんカット」で聖子そのもの。あらら、事務所はあまり力をいれていなかったのかな? そしてシングル4曲目の「春風の誘惑」で初めてオリコン10位(14.1万枚)に入ります。しかし「白のミニのひらひら衣装」で歌う小泉さんはインパクトが無く、TBSザ・ベストテンも最高11位止まり。
「去年の春より 大人になった私 きっと白い蝶になって 飛び立てるわ あなたへ」という1番の歌詞に「春夏秋冬 季節がめぐるごとに 女の子は 恋の花を 咲かせてみたいものなの」という2番の歌詞。「蝶」と「花」、大抵男と女の表現なのに両方女の子と掛けているところがニクイ表現ですね。よくよく歌詞を見るとかわいらしい、あどけない少女に歌わせる曲とはちょっと違い、舌っ足らず風な小泉さんが歌うとあぶない雰囲気がありました。なんだか誘っているみたい(笑)あ!「春風」が女の子に「誘惑」しているのではなくて、春になって「女の子」が男の子を「誘惑」しているのですね。う~む、奥が深いなぁ(笑)
そして本来の小泉さんを前面に押し出し、衝撃的な刈り上げヘアに真っ赤なミニスカートのイメチェンを大成功させた5曲目のシングル「まっ赤な女の子」で大ブレイク。あと続々と小泉ワールドを形成していくのであります。
あ~、本当に可愛かったなぁ。(こればっかり・笑)

*文中の賞などは私の記憶なので違ったらゴメンネ!

スター誕生合格シーン(特番)
http://jp.youtube.com/watch?v=9Xi0e7ZD1ac&feature=related
小泉さんの「春風の誘惑」はこちらでお楽しみください。(YouTubeなのでリンク切れご了承くださいませ)
http://jp.youtube.com/watch?v=Ug_Sfxs03xc


「春が来た!」特集1
No.9「大和撫子”春"咲きます」
作詞:岩里祐穂 作曲:岩里未央 編曲:三岳章
歌:新井薫子
1983年2月21日発売 TDKレコード

♪ 私春咲きます 見てよほら咲きます 大和撫子春咲きます ♪

 花の82年度組の新井薫子さん、私はイベント会場で直接お会いして握手&サインを頂いたことがあります(笑)(当時私の姉が某デパートの社員で屋上イベント担当だった為) 82年と言えば「早見優」や「小泉今日子」、そして石川秀美ちゃん、明菜、シブがき隊、ちえみちゃん、知世ちゃん…、意外な所では「わらべ(めだかの兄弟)」などアイドル大量生産時代で、でも飽和状態ではなくてきちんと「派」を持つだけの魅力ある歌手が多くデビューした年でもありました。その中で新井さんは82年3月に「虹色の瞳」でデビュー、2枚目のシングル「イニシャルは夏」でスマッシュヒットを飛ばし、早見さん(83年当時は「あの頃にもう一度」を歌っていました)、小泉さん(83年当時は「春風の誘惑」を歌っていました)と肩を並べるアイドルになっていました。聖子ちゃんカットのロングヘアにクリッとした目が印象的で「明るくてかわいい」少女でした。それにTDKレコードの栄えあるアイドル1号だったので気合いも十分…。2曲目までは(笑) 
 その後、「私の彼は左きき」をカバーして盛り下がり、突如髪をショートに変え「ピコピコ」音楽、ピンクのレオタードで再出発をはかったのがこの「大和撫子”春”咲きます」でした。私はこの曲を聞いたとき「…この子大丈夫かな…」と本気で心配してしまいました(爆笑)デビューした頃よりなんとなく下手になった歌。でもそんな新井さんを吹き飛ばすような出だしの歌詞、「私春咲きます 見てよほら咲きます 大和撫子春咲きます!」で、妙な踊り(笑) でもね、この曲、聞いているうちに段々良くなってくるまるで麻薬のような曲なんです(大爆笑) 歌唱力も何も要らない! もう、全部許す! という気分にさせるし、「春」を感じさせる曲だと思いませんか? 歌詞の中に登場する「彼氏」は「気弱な性格」で「愛の意味さえ知らない」けど、あなたのオリジナルで迫ってほしい、そんなあなたが大好きよ! というたわいのない歌詞なんですが、とにかく「ピコピコ音楽」が素晴らしく良いです。これは聞いてみてもらえば分かります。なんとなく今の「萌」系に通じるものがあります。この勝負曲が不発に終わり、でもしかし次の曲「OH!新鮮娘」はさらに磨きがかかりもう、誰も止められない世界へ(笑) この2曲「大和撫子”春”咲きます」と「OH!新鮮娘」は名曲ですよ。
 さて、そんな新井さんも6曲のシングルを残して引退され、一時死亡説も流れましたがロック・シンガー(ビジュアル系かな)後に「カオルコ」という名前で素晴らしいイラストレターになり、現在活躍しています。ああ、もう一度歌ってくれないかなぁ。

http://www.youtube.com/watch?v=el-EblOlswo
そんな新井薫子さんの「大和撫子”春”咲きます」はここで聞けます。(YouTubeの為、リンク切れご了承ください)


卒業特集5
No.8「じゃあね」
作詞:秋元康 作曲:高橋研
歌:おニャン子クラブ(中島美春withおニャン子クラブ)
1986年2月21日 キャニオンレコード(ポニー・キャニオン)

♪ 空の日射しの風に この次の季節がこぼれてます ♪

 でました、お化けグループ「おニャン子クラブ」 私とほぼ同世代の女の子の素人集団アイドルグループでした。会員数51名+B組2名&海外研修者1名が所属しておりおニャン子本体とソロ、ユニットほぼ全曲(番組放送時)オリコン1位になるという偉業を成し遂げました。「クラスメイト」をコンセプトとした17:00からの1時間帯番組で、「会員番号」という出席番号のような番号をつけて『会員番号16番、高井麻巳子です』という挨拶が番組内で良く見られました。番組当初は「マスコット」的扱いだったおニャン子もシングル1枚目「セーラー服を脱がさないで」がヒットするとほぼ番組内のメインの扱いになりました。
さて、「おニャン子クラブ」としてシングル9枚(2002年に再結成でシングルを発表していますがそれは省きます)発売しており、「じゃあね」は3枚目のシングルで初のオリコン1位曲でした。(100位以内9週売上28.1万枚)前曲2曲はフロントボーカル4名(新田恵利、福永恵規、内海和子、中島美春)でしたがこの「じゃあね」はちょうど番組1年で卒業する「河合その子」と「中島美春」の卒業送り出しソングで「ソロ歌手」である「河合その子」以外のメンバーがバックとして歌いメインは中島美春が歌っています。クレジットは「歌:中島美春withおニャン子クラブ」の予定でしたが中島さんが遠慮して「おニャン子クラブ」としての歌になりました。
当時、卒業の歌と言えば「卒業したらお別れね」や「あなたの姿、もう見られない」など「恋」と「卒業」、そして「悲しいお別れ」という内容の曲が多い中、「あかるくて前向きな」数少ない楽曲に仕上がっています。「じゃあね そっと手を振って じゃあね じゃあね だめよ 泣いたりしちゃ」とあくまでも明るく手を振り、「だけど ほほえみながら 目の前のその扉 開けましょう」と前にすすめ~! という歌詞なんですが「詞」だけ見たら普通の詞で、私はこれは「曲がノリが良くて明るい」からこそこの普通の歌詞が生き、名曲になったんだと思っています。「4月になれば悲しみは キラキラした思い出」で締めており、アルバムをそっと開いたり誰もいない教室で泣いたりしない、スッキリすっかりキンコンカンというのが私は大好きです。(ちなみに秋元さんは「アルバムをそっと開いたり」する歌詞を他の人に書いています・笑)
この「じゃあね」はファン、メンバーの中でも人気は高くて番組2年半内で卒業していったメンバーの送り出し曲としてずっと歌われてきました。大抵卒業コンサートラストソングは「じゃあね」と「真赤な自転車」(これも名曲)でした。
さて、その後の中島さんは「歯科技工士」の学校へ行き歯科医院へ就職、現在は当時番組内で一緒に出演していた「とんねるず」の当時の付き人と結婚されました。(ボブ)
もうおニャン子クラブが解散してからふた昔も経ってしまいましたが現在でも「会員番号38番:工藤静香」「会員番号36番:渡辺満里奈」「会員番号8番:国生さゆり」「会員番号40番:生稲晃子」「会員番号29番:渡辺美奈代」「会員番号17番:城之内早苗」など現役で活躍しています。
ちなみに私が当時好きだったおニャン子は「会員番号25番:吉沢秋絵」と「会員番号16番:高井麻巳子」でした。あ~懐かしいなぁ。って、皆さん憶えています?

http://jp.youtube.com/watch?v=xUJdCwpTA5I
ここで懐かしい「おニャン子クラブ」の曲をお楽しみ下さい。(リング切れの時はご了承下さい)

 さて、「卒業特集」も5曲になり今回で終了です。次回からは「春がきたぁ〜」と言うことで『春』をヒューチャーした曲を紹介します。


卒業特集4
No.7「卒業」

作詞:売野雅勇 作詞:林哲司
歌:倉沢淳美
1985年2月14日発売 ワーナーパイオニア(ワーナーミュージック・ジャパン)

♪ あなたが座ってた机の傷に指で触れたら涙落ちた ♪

 「萩本さんお〜当たり〜」というフレーズでピンと来たらあなたも立派な紳士・淑女(爆笑) これはテレビ朝日系の番組「欽ちゃんのどこまでやるの!?」という番組内で萩本欽一探偵と谷啓探偵が『ゲストが食事をするシーンを見る前に何から食べ、どんな順番で食べるかを推理する』というクイズコーナーがあり、正解すると「萩本さんお〜当たり〜」とか「谷啓さんお〜当たり〜」などと女性コーラスで歌う台詞なんです(爆笑)
 さて、その人気番組はとても長く続いて番組内でもブレイクした歌手や俳優さんも数多くいました。「マーガレット・ポー」や「細川たかし」なども出演をきっかけに大ブレイク(ポーはヒットしたかは疑問ですが・爆笑)し、「叶和貴子」、「石橋雅史」などなど有名な俳優さんも随時出演していました。そしてご存知長男役3代目の「見栄晴」(藤本政則)が登場時から「のぞみ(高部知子)、かなえ(倉沢淳美)、たまえ(高橋由美)(ともに3代目)」が登場します。
 のぞみ、かなえ、たまえ3人のグループ「わらべ」で大ブレイク(「めだかの兄弟」、「時計をとめて」など)、その後淳美ちゃんと由美ちゃんがソロデビューをしました。
「卒業」は淳美ちゃんの4枚目のシングルになり、前に紹介した「斉藤由貴」「菊池桃子」そして「尾崎豊」とともに同時期に「卒業」という同じ題名で出した曲になります。
当時の売れっ子作詞、作曲者提供のこの作品、やはりこの時期の他の曲と同じく「卒業と恋」を題材にした曲で「あなたが座ってた机の傷に指で触れたら涙落ちた」と、「卒業=彼氏とのお別れ」という図式になっています。ん…あれ、この歌の歌詞をよく見ると2番で「斜め後ろの席あなたを見てた 私の名前刻まれていた」と、1番の歌詞の「机の傷」は「私の名前」だったのか! 
でもそんだけ気になっていた2人なら気付くよね、普通は(笑) 結局お互いに打ち明けられずに卒業してしまう2人、彼女の方が「もう もう あなたはアルバムで微笑うだけ…」、「傷ついた胸を もう もう 誰にも打ち明けられない」と誰もいない教室(クラスと読ませています)で泣いているんですね。
最後の歌詞「机の傷は青春(はる)の忘れ物だね」おぉ、青春を「はる」と読ませている! さすがだね! 結局お互いに好きだったのに打ち明けられず、卒業式が終わった(厳密には「卒業式」とか「そのあとの教室」などという歌詞は存在しません)誰もいない教室の彼の机に彫られた「自分の名前」を見て泣く『青春(はる)』のある日の出来事なんですね。

 ほとんど競作に近い作品だった淳美ちゃんの「卒業」、斉藤由貴や菊池桃子のようなビッグヒットにはなりませんでしたが卒業時期になると必ず話題になる曲でもあります。でも私的には淳美ちゃんはアイドル歌手と言うより「まんがなるほど物語」の「ナルタ〜ン」の方が印象に残っています(笑)
(ちなみに「まんがはじめて物語り」では「もぐたん」相手に「うつみみどり」「岡まゆみ」さんが出演、「まんがどうして物語」では「ろくべえ」相手に「「松居直美」さんが出演、そして「まんがなるほど物語り」で「倉沢淳美」さんとなります。あと「ろくべえ」は時間移動と空間移動は同時にできないので番組内で『ろくべえが「もぐたん」を呼んで一緒に出演する』レアな回もありました。)

淳美ちゃんは現在オーストラリア人の旦那さんと海外で生活しているそうです。いいなぁ〜、私も外国生活に憧れちゃいます(笑)


卒業特集3
No.6「グラジュエーション」

作詞:山上路夫 作曲:都倉俊一 編曲:川口真
歌:倉田まり子
1979年1月21日発売 キングレコード

♪ 華やかなスタートよ 見返れば校舎も 春の陽ざしを あびているわ ♪

 悲劇のアイドル歌手。そんな感じのする倉田まり子さん。そもそもTBS「家族そろって歌合戦」出場後にスカウト、NHKのレッツゴーヤングのサンデーズのメンバーになりこの曲「グラジュエーション」でデビューしました。さすがにサンデーズのメンバーだけあって透きとおった声と伸びやかな高音は当時のアイドル歌手の中では1番の歌唱力があり、アイドル歌手というよりどちらかというと「本格派歌手」の位置づけでした。
 80年代以降の「卒業」をテーマにした曲とは違い、「恋人」や「都会へ旅立つあなた」のような悲しい歌詞では無く、「華やかなスタートよ 見返れば校舎も 春の陽ざしをあびているわ」と『前向き』な曲に仕上がっています。
2番の歌詞の始まりで「思い出あまりに沢山あって ひとつの小説出来そうなほど」と、まり子さんの「文学少女」的な風貌をたくみに取り入れ、曲もとても美しい仕上がりになっています。
最後(山場)の「Graduation Graduation 嬉しくさびしい」のリフレインは、まり子さんの伸びやかな声がとても心地よくて印象的です。
 さて、デビュー曲「グラジュエーション」はそこそこのヒットになり3曲目のシングル「HOW!ワンダフル」が「ポッキー」のCMソングに抜擢され一躍トップアイドルになりました。1979年の日本歌謡大賞新人賞など多くの新人賞を受賞。で、まり子さんは抜群のプロポーションなんですよね(笑)足がなが〜い!
声優としてアニメ「ナイン」にも出演されていました。
 その後、スキャンダルに巻き込まれて芸能界を引退してしまったのですが、この当時を良く憶えています。TV局の芸能レポーターが「正義の味方」面して実家などに押しかけ、近所迷惑かえりみず夜中にライトを照らしながらの実況中継。あげくにはろくに調べもしないでスキャンダラスな記事にしてTVでおもしろおかしく報道。こんな事されたら誰だって芸能界が嫌になります。(この事件、詳しくはググってください。真相がわかりますよ。あ〜かわいそうなまり子ちゃん)
その同じバカ芸能レポーターの洗礼を受けたのが堀ちえみちゃん。彼女もかわいそうでした。
その後弁護士秘書から独立してキャリア・カウンセラーとなり現在は大学や企業、自治体向けの研修ビジネス・講演をしています。
アイドルから実業界で成功した希な転身です。いやあ、まり子さんはすばらしい!

http://www.youtube.com/watch?v=zEede8iZJk8
ここでアイドル時代のまり子さんの曲をお楽しみ下さい。(リング切れの時はご了承下さい)


卒業特集2
No.5「卒業 〜GRADUATION〜」

作詞:秋元康 作曲:林哲司 編曲:林哲司
歌:菊池桃子
1985年2月27日発売 バップ

♪ 一行おきに好きだよと 青いペンで書いてた ♪

 当時のアイドルが同じ時期に「卒業」という歌を歌っていた時のモモコちゃん(菊池桃子は「モモコ」と呼んだ方が懐かしいですね。)4枚目のシングルにしてオリコン初の1位に輝いた曲です。モモコちゃんと言えばやっぱりデビュー映画の「パンツの穴」で若干16歳のモモコに『むきんぽくん』という衝撃的な台詞を言わせた鈴木則文監督に幸あれ! ですね(爆笑・ちなみに「パンツの穴2」では志村香が同じ役を演じました。「むきんぽくん」の意味が分からない人、おとうさん、おかあさん、または子供電話相談室で聞いてね!)「パンツの穴」でデビューしたモモコちゃんは1枚目のシングル「青春のいじわる」リリース時になんと『デビュー曲お披露目&初コンサート』を武道館でやりました!それも大入り満員。(ちなみにファーストコンサートを武道館で行ったのは後に渡辺美奈代ちゃんがいましたよ)
 さて、この「卒業 〜 GRADUATION〜」の作詞は秋元康なのですがこの年の4月に「夕やけニャンニャン」(CX系月〜金曜帯番組)が始まるのでまだそんなに一般には認知されていませんでした。ご存知秋元康はおニャン子クラブでブレイクし、今でも長者番付の上位不動の地位ですが「綺麗な言葉」や「映画や本の台詞」を「上手」につないで歌詞を作る天才であると思います。「緑の木々」「春の日射し」「ポプラ」などなど。特に気になるのが「〜てた」という言い方が多いこと。「歩いてた」「書いてた」などです(特におニャン子系の曲は凄い)。この曲の山場は普通なんですが2番の歌詞が凄い。「誕生日には サンテグジュペリ ふいに贈ってくれた」の『サンテグジュペリ』ってまさか「夜間飛行」や「ある人質の手紙」とかの本じゃないですよね(爆笑) 「一行おきに好きだよと 青いペンで書いてた」う〜む、こんな本貰ったらドン引きです(爆笑) そんなに歌唱力はありませんでしたが語るような歌い方、そして同級生のようなかわいらしさが受けておニャン子全盛期時代にがんばってオリコン1位を獲得していました。そんな彼女が突如ロック・シンガー「ラ・ムー」に変わってしまい泣いた人も多いかと思います。
ふつーの制服姿、それも斉藤由貴などの「セーラー服」ではなくて「タータンチェックのブレザーと白いハイソックス」が似合う田舎の女の子なのになぜか都会のかほりがしたモモコちゃんは最高でした。現在はバラエティ番組でモモコちゃんを見ることができます。

http://jp.youtube.com/watch?v=KBja0dYtBtg&feature=related
ここでモモコちゃんの曲をお楽しみ下さい。(リンク切れの時はご了承ください)


卒業特集1
No.4「卒業」

作詞:松本隆 作曲:筒美京平
歌:斉藤由貴
1985年2月21日発売 キャニオン・レコード

♪ セーラーの薄いスカーフで 止まった時間を 結びたい ♪

 斉藤由貴! いやあ、大好きでした(笑) 当時アイドル女優で「斉藤由貴、工藤夕貴、そして富田靖子」が大好きで特に斉藤由貴は「スケバン刑事(デカと読む)」ではまりました。当時フジTVが「スケバン刑事、主演女優募集 条件、ヨーヨーのうまい子」と大々的にTVスポットでCMしていたのを憶えています。なぜか素人さんではなくて(オーディションではなくて)斉藤由貴が抜擢され、「なんの因果かマッポの手先、てめぇらゆるさねぇ〜」という啖呵でセーラー服姿でヨーヨーを振り回す姿にしびれた人が何人も…(その中の1人です・笑) 斉藤由貴は第1回東宝シンデレラコンテスト準グランプリ(グランプリは沢口靖子)を獲得後、第3回ミスマガジングランプリ受賞、そして明星食品の「青春という名のラーメン」で有名になりました。セーラー服を着てカップラーメンを持つ衝撃的な姿は今でも憶えています。ちなみに工藤夕貴も「お湯を掛ける少女」でラーメンのCMしてましたね。 「卒業」はデビュー曲になりオリコン6位のビッグヒットになりました。薬師丸ひろ子のような「文学少女」的な澄んだ声で歌う(ビブラートがかからない)姿は「アイドルアイドル」した当時(85年)にはとても新鮮で可愛かったです。「机にイニシャル彫るあなた やめて思い出を刻むのは」「東京で変わってく あなたの未来は 縛れない」と、70年代にヒットした「木綿のハンカチーフ」(太田裕美)の『都会で変わらないで』という女心とは全く正反対の内容です。70年代の田舎に残る少女は「都会に行っても変わらないでね、がんばってね」と励ましますが80年代の田舎に残る少女は「今の思い出を残さないで、都会で変わっていくあなたの未来を縛れない」と悲しい少女になっています。
曲の最大の山場「卒業式で泣かないと 冷たい人と言われそう でも もっと悲しい瞬間に 涙はとって おきたいの…」おお、これは「卒業して東京で変わっていくあなたを見て泣く」のでしょうか! この東京で変わってしまった「あなた」ってバブリーな80年代なのでやっぱり「ポロシャツの襟を立てて小脇にセカンドバッグ、スラックスにローファー履いてカフェバーでフィーバー」なんでしょうか(爆笑) そうそう、太田裕美「木綿のハンカチーフ」と斉藤由貴「卒業」の作詞、作曲者は同じなんですねぇ。凄いですね。
デビュー間もない割に高い声まで出る由貴ちゃんですが、この曲、とっても難しい曲です。なので当時「歌う」と言うより「曲に歌わされている」イメージがあります。当時の可愛い姿はYouTubuにあります。
http://www.youtube.com/watch?v=vYJ_adnG6Fs
これはTBS「ザ・ベストテン」スポットライトに初登場の場面です。(YouTubuはいつまでリンクしているか分からないのでリンク切れご了承ください)本当に可愛かったなぁ。良い時代だった(笑)
斉藤由貴は85年に映画「雪の断章 情熱」(相米慎二監督)に主演。かなり相米監督に鍛えられたようで現在では素晴らしい女優さんになっています。


バレンタイン特集2
No.3「大人になれば」
作詞:浜口庫之助 作曲:浜口庫之助 編曲:萩田光雄
歌:大場久美子

♪ 大人になれば チョコレートたべて いろんな夢を考えるものさ ♪

 チョコレートのCMソングは数ありますが歌詞の中に「チョコレート」というのがストレートに挿入され、歌われたのはそんなに無いのではないかと思います。『チョコレート食べて』「恋の味」や「青い空」にきいてみる。という内容なんですが『バレンタインに用意したチョコレートを渡たしそびれて川岸か海岸で1人チョコレートを食べながら『恋』ついて自問する」歌詞のような気がします。70年代後半のトップアイドルだった久美子ちゃん(私は大大ファンでした)の歌唱力には驚きです。久美子ちゃんは声域が狭いのですね(ドレミぐらいかな・笑)。なので作曲者が曲にメリハリを付けるため難しいリズムで作ってしまい、音程もリズム感も無い久美子ちゃんに歌わせたらこうなった、ですね。究極の歌はやっぱり「スプリング・サンバ」です。この曲は難しいですよ。さて、「大人になれば」は久美子ちゃんの3枚目のシングルでした。レコード売り上げは芳しくはありませんでしたが1978年のTVドラマ「コメットさん」でお茶の間の人気者に。(ちなみに私は「コメットさん」も好きでしたが「マジカル7大冒険!」や「少女探偵スーパーW」(榊原郁恵ちゃんと競演でした)などが大好きでした。って知ってる?)その後歌手引退宣言をして女優オンリーになり現在に至ります。私は久美子ちゃんは歌がへたくそでもかわいかったから全て許します!(爆笑) 85年におニャン子クラブが出現し、会員番号16番高井麻巳子ちゃんがくーみん(って呼ばれていました・笑)にそっくりでビックリしました。いやあ、本当に久美子ちゃんは可愛かった!


バレンタイン特集1
No.2「毎日がバレンタイン」

作詞:阿久悠 作曲:川口真 編曲:木森敏之
歌:柏原よしえ(現在は柏原芳恵)

♪ 私は今朝露のシャワーをいっぱい浴びて風に歌う ♪

 バレンタインと言えば30歳以上の人が思いつく曲が「バレンタイン キッス(国生さゆり)」ですがじつはよしえちゃんもバレンタインの曲を歌っていたのをご存知ですか? 中学3年生のよしえちゃん、「No.1」で衝撃のデビュ〜。妙な色気があり同期の「河合奈保子」とともに元祖巨乳アイドルとして長く君臨しました。「ヘイボーイ ヘイヘイボーイ」と軽快に呼びかけ「私はもぎたてのオレンジよ、したたり落ちるほどの甘いしずくなの」とか「季節の色に染まっちゃう果実」などと『フレッシュであなたに染まっちゃうわよ』というよしえちゃん本人の色気を前面に出す歌詞はさすが阿久さんです。2番の歌詞で「私は今朝露のシャワーをいっぱい浴びる」という歌詞ですが私はエッチな事を考えてしまいました(爆笑)この曲、題名に「バレンタイン」という文字があるのに曲の中では『バレンタインデー』の事には全く触れていなくて「きらめきの女の子には 毎日がバレンタインデー」と最後の決め台詞のみの登場でした。なのでバレンタインという文字が曲名にあるのにかかわらず知名度が低いのかなと思います。「No.1」で妙なお色気で売り出しこのシングル2曲目「毎日がバレンタイン」でアイドルっぽい曲でラジオでもスポットCMバンバン流していましたが意外と鳴かず飛ばずでオリコン最高64位(2.9万枚)でした。シングル3曲目の「第二章くちづけ」がコルゲントローチのCMに使われ(よしえちゃんも出演)知名度がアップ。でもオリコン10位以内に入るにはもう少し時間がかかります。
1980年同期には「松田聖子」「河合奈保子」「浜田朱里」「松村和子」「EPO」「田原俊彦」などそうそうたるメンバーがいました。(「石坂智子」って知ってる?)特に河合奈保子とは仲が良く「ナオナオ」「ヨシヨシ」とお互いを呼んでいました(爆笑)


No.1「あなた」
作詞・作曲:小坂明子
歌:小坂明子

 ♪ 大きな窓と 小さなドアーと 部屋には 古い暖炉があるのよ ♪

 栄えある第1曲目は小坂明子さんの「あなた」です。この曲は『私が自分のお金で買った初めてのレコード』なんです。もしも私が家を建てたなら…という出だしなんですが子供ながらに「なんで女の人が家を建てるの?」という単純な疑問が湧きました。大きな窓、古い暖炉、バラとパンジー、そして子犬とあなた。それこそ70年代の「なかよし」や「りぼん」にでてくる乙女チックな漫画みたいな描写です。この歌の歌詞を見て「あ、陸奥A子だ」と私は思いましたがどうでしょうか? さて、乙女の夢は2番の歌詞にも現れています。しかし「いとしいあなたは今どこに」と結局乙女の「夢・望み」で終わっていて最後は『ロッキンチェアーに座ってレースを編み続けている老婆』を連想してしまうのは私だけでしょうか? 歌を聞いて色々想像したりするのは楽しいですね。現在チャートに入っている曲は聞いてもイメージが全く湧きません。何歌っているのか分からないしね(おやぢだな・笑) この曲を当時作詞作曲した若干16歳の小坂明子さんは第4回世界歌謡祭でグランプリを獲得、オリコン7週1位を獲得してミリオン歌手になり、ピアノを弾きながら歌う小坂明子さんはとても大きな存在に見えました。
 私はこの歌が大好きです。カラオケで歌い、ギターでも弾き語りをします。名曲はどんなに時代が変わっても歌い継がれるものなんですね。



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