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過去の風来坊のDIARY

2011年8月

2011年8月30日(火曜日)
 とうとう夏休みも残るところ後1日です。アニメ「サザエさん」ではカツオが家族総出で宿題を片付ける様子が放映されるのが季節の風物詩になっています。ところで当時、夏休みの宿題って手伝ってもらったことあるかな。無いな。やるもやらないも自分次第。我が家では何も手伝ってくれませんでした。全然やらなかったことはないですが、ワークブック半分やらないで提出して怒られた記憶がかすかにありますね。さて、今週末は大型台風が接近していて天気が崩れるようで、今日はピーカン。この夏最後のプールへ行ってきました。日差しは夏だけど風は秋色。さすがに子供は少なくて大人ばかりでした。最寄りの横浜元町プールは50mの競泳プールで今までは仕切り無しだったのですが真ん中の2レーンが「回遊コース」に今年からなりました。人とぶつかる心配無しで泳ぐことができます。今日はすいていたので平泳ぎで20往復、2km泳ぎました。これが最後のプールだと思うとなんだか寂しいですね。結局今年は今のところ海は沖縄に行ったときの地引き網手伝いで使ったのが最初で最後。日本での波乗りデビューはまたもや来年に持ち越しになりました。結構黒く焼いたのですがみんなに「黒いね〜どこに行ったの?」と、聞かれ「え〜と、近所のプール‥」というのも悲しいので「沖縄に行った(これは本当)時に焼いたの」<<(イベントの手伝いで全然焼く事ができなかったので嘘です)と、答えています。この年で焼くのは恐ろしいことなのですが、体や顔を焼かないと「シャドー」かからずただの白豚になってしまいます。「白豚」を取るか、「焼き豚」を取るか、毎年悩んで焼き豚を選んでいます。少しは痩せて見えるかなって、目のさんかくに頼るのはよくないですね。

2011年8月29日(月曜日)
 土日と千葉の実家に帰省していて、夕方から夜まで中学の同窓の家で家のみ、その後実家に戻り母と過ごしました。日曜日の昼に母とテレビを見ていたら北海道マラソンが生中継されていて、マラソン好きな私は最後まで見ていました。このマラソン、ロンドンオリンピックにカンボジア国籍を取って出たいと!とがんばっているお笑いタレントの「猫ひろし」さんも参戦していました。招待選手と言うことで、スタート5分前に各アスリートの前に陣取りスタート。最初の1〜2分は写っていましたがやはりアスリートにはかなわず本来のフルマラソン中継になりました。結果は男子はさしておもしろくもなかったけど(失礼ですが)女子はゴール2Km前でトップが抜かれる好勝負。見ていてハラハラしながら応援しました。さて、猫さんですが自己記録を更新するのを目標にしていましたが残念ながらテレビ中継時間にゴールすることもできませんでした。時間は2時間40分前後。順位は出ていませんでしたがたぶん100位ぐらいだと思います。私自身として猫さんがオリンピックに出るのを目標にするのは大賛成です。何事もがんばりですから。でもどうしても「カンボジア人になって」というところが引っかかります。違うとは思いますが私には「外国に移住したい。永住権を獲得するために現地の人と結婚する」というのと同じに感じてしまうのです。私がもしカンボジア人でオリンピック選考会の役員だったら「確かにオリンピックでメダルがほしい。でも国内でがんばっている人を応援して活躍してほしい」と考えると思います。外国選手が国籍を変えてオリンピックに出ることはありますが、みんな現地に骨を埋める気で行っています。私には猫さんが「手段」としてしか考えていないようで嫌なんです。移民できなかったときの猫さんの行動が気になりますね。

2011年8月25日(木曜日)
 今から20年ぐらい前におつきあいしていた人がいて、その人は東大医学部看護系の院生でした。英語もドイツ語も素晴らしくできて、私はというとほとんど英会話ができない状態でした。その頃からNHKラジオ英会話を復活させていたのですが、その事を彼女に話したら「じゃあ、私に英語で話してみて」などとほざきました。あのね、『できないから今、英会話の勉強しとるんじゃ!!!!ボケ!』と、心の中で思い、「いやあ、まだまだですよぉ〜」と意味不明の笑顔で答えていました。その後、その人とは別れました。やっぱり性格の不一致ですかね? さて、お話は現在に戻りますが、最近はPCで会話の勉強も格安でできるので、ラジオ講座と一緒にちょっと前からこっそり始めました。「基礎英会話」と「旅行英会話」。そのことを友人(男性)に言ったら「じゃあ、英語で話してみて」と、こいつも同じ事を言いやがった!! 一回二回やったからって身につくわけ無いことはその友人(男性)だって東大医学部希望だったんだからわかるでしょ! あんたは頭が良いんだから。どうして高学歴の人ってこう鼻持ちならない言葉を平気で言うのですかね? その場で幼稚な英語を話してしどろもどろになっている私を見てほくそえむのですかね? 全く理解できません。「じゃあ、がんばってね。期待しているからね」ぐらいの言葉は出ないのか!! とにかく、なんか頭にきました。さて、明日から(土日)に実家へ帰省します。久しぶりだけど母元気かな? 手土産は肉じゃがと崎陽軒のシュウマイ、中華街のおいしいスペアリブ。友達にも会うので友達にはそれにプラスしてグリーンカレーとココナッツカレー。その友人は私と同じで「カレーをつまみに飲む」事ができるのですよ〜。楽しみ!!

2011年8月20日(土曜日)
 デスコでフィーバーしてきました。今日は所属するハーラウの偉大なる先生の誕生会で赤坂某所のデスコで昼間っからフィーバーしてきました。クラブじゃなくてデスコですよ。その箱はいろいろなフェチイベント以外の時間は70年代から80年代のディスコミュージックをかけるところで、おっさんおばちゃんが大フィーバーする箱なんです。我がハーラウも高年齢化が進み、はたしてどれだけの人がフィーバーできるか心配でした。しかし蓋を開ければ大フィーバー。往年のディスコクイーンが目白押し。お立ち台トップを奪い合った人たちがわんさか。やっぱり持ってましたジュリ扇。踊った後のフロアには羽が舞っていました。当時のデスコって曲によって振りがほぼ決まっていて、「いぇーい!」などと叫びながら同じポーズ。サイコーに楽しい時間でした。そうそう、本題は偉大な先生の誕生会。先生もプレゼントもらってテンション上がり踊りまくっていました。おかげで後半電池切れ。昼過ぎから始まったデスコも三時間という長丁場でみんなくたくた。でで、二次会貸し切りで飲めや飲めやで大盛り上がり。二次会が終わってもまだ20時前。そんでもって三次会はカラオケ組と飲兵衛組に分かれて大宴会。結局10時間ぐらい飲んでました。みんな老若男女フラダンサーなのでリズム感が良いですね。モンキーダンス時代のおぢさまおばさまも往年のディスコクイーンもクラブも行ったことのない高校生もみんな音楽に合わせて踊れました。私はと言うと、知っている曲はどうしても歌いながら踊ってしまうのです。なのでのどもカラカラ。写真部所属なのでカメラで撮りまくりながらフィーバーフィーバー。着替え持って行かなかったのが失敗。昔はパンツまで持って行ったな。デスコでフィーバー。来年もお願いします!

2011年8月17日(水曜日)
 我が家の近くには数年前まで2つの市営プールがありました。1つは野毛動物公園近くにあった野毛プール。そして元町にある元町プール。私は元町プールが大好きで、地元の大人も子供もみんなが楽しめるプールでした。2〜3年前に野毛のプールが閉園になりあちらを利用していた人がわんさか元町プールへ来るようになりました。それはそれで活気があって良いのですが「妙な人」も多くなりちょっとうんざり。それは「六尺ふんどし」や「紐パンツ」でうろうろしているおっさんが増えたのです。おとなしく焼いているだけならいいけど、紐パンで泳ぐな!!と、声を大にして言いたいです。しかも白いの。見たくなくても見てしまいます。子供もたくさんいるので教育上よろしくないと思います。変わった人はしょうがないとしても水泳する格好じゃない人はきちんと注意してほしいです。これを元町でハワイアンショップを経営している友達に話したら、「そうそう。毎日いるらしい」との事でした。でも、よくよく考えたら私もその友人の友人(友達の友達が飲み屋をやっていて、その人も毎日プールに通っている)も『我々もほぼ毎日プールに行く』ってどうなの?と、爆笑してしまいました。私は昼間、エアコンをつけないのでなるべくジムやプールで暑さをしのいでいるのです。夜はお仕事お仕事。今週末からちょっと天気が崩れるようなので灼熱の太陽の下で泳ぐのは最後かな?なんて思っています。結局今年は海に行かないのかな。ちょっとは日焼けしてビール腹に少しはシャドーがかかって細く見える‥わけないか。

2011年8月11日(木曜日)
 私が小学校1年から6年までで海に行った記憶は1回だけ、地元千葉の九十九里浜に家族で行ったのが最初で最後です。確か小学2年生だと思います。当時は海の家で借りる浮き輪は「車のタイヤのチューブ」を膨らましたものでした。小学低学年には少し大きくて波にさらわれ、天地逆転すると簡単には起き上がれなくなり「黒いチューブから犬神家の一族状態」になります。そして流されて顔と肩を砂でこすり起き上がりまた海へのくりかえしで遊んでいました。九十九里浜って行ったことある人は分かると思いますが、波が荒いのです。海の家も板張りの上にゴザを引いただけの質素な家で、まずいラーメンと焼きそばが定番でした。バヤリーズのオレンヂと三ツ矢サイダーを飲んだ記憶があります。最近の海の家は盛り下がっていますが、ひとときいわゆる「カフェバー」風の店がはやったことがありましたね。「元気が出るテレビ海の家」とか、懐かしいです。レースクィーンばりのおねーさまと白とブラックライトの海の家。みょーにおいしい焼きそばや丼物。あれっていったい何だったのでしょう?この間、片瀬江ノ島の海の家を覗いたのですが、昔ながらの家からクラブ、バーなどいろいろあって楽しかったです。豚串とかバーベキューなどの店もあり、ちょっとした居酒屋海の家ですね。DJもいるブースもあって、ベロベロに酔っ払った若いにーちゃんねーちゃんが踊っているのを見ると(足先からてっぺんまで全部真っ黒)世紀末を垣間見た気がします。一見若く見えるけど私と大して年の違わないおっさんヤングが顔黒おねーちゃんをナンパしているのを見かけてほほえましくなりました。ナンノコッチャ。

2011年8月10日(水曜日)
 私が小学生の頃、ジュースといえばファンタ、三ツ矢サイダー、バヤリーズ、そしてキリンレモンでした。それもそのはず、酒屋さんでケースで注文していたからです。コーラは180mlしか入っていなかったので我が家ではあまり注文しませんでした。当時はケース注文すると「くるくるグラス」とか「星座グラス」など、プレゼントも多くてジュース用のコップには不自由しませんでした。200mlのジュースを姉と二人で半分にして飲んでいたのですが正味100ml。これってすごい少ないですよね。今は500ペットが当たり前です。当時500mlの瓶入りジュースは「ホームサイズ」という名称がついていて、その後1L瓶にその名前を譲り渡しました。それでも1Lですよ! 『一日コップ一杯だけよ』と言われて一人で一本飲むのが夢でした。あの当時のファンタグレープやオレンジ、そしてゴールデンアップルなんか今のジュースより数段おいしかった気がします。カロリー高かったしね。水やお茶が売り出されたときは「そんなのわざわざ買うなんて」と思いましたが今は水やお茶ばかり。その代わりにビールが増えました。ビールはなんで2Lぐらい平気で飲めるのですかね?ジュースだと500mlも飲めないのに。甘いお菓子やスナック菓子もそうですが、この年になるとちょっとだけ食べて後はいらない状態です。小さい頃は貧乏でいつも姉と何でも1つを半分にしていました。その反動で今は大人買い・・には私はならないようです。そんな私も「カール(チーズ、カレー味)」だけは別でたまに一袋一人で一気食いします。なんか、「カール」は小さい頃に何かあってすごく印象に残っているらしいのです。普通、大人買いしても「こんなものか」で終わってしまうのですが「カール」だけは別のようです。

2011年8月9日(火曜日)
 昨日たまたま、パソコンで何かの検索をしていたら我が出身大学文学部国文に入学したいという相談をしている女子高校生の相談ページを見つけました。何々、「私は○○大学文学部国文に入りたいのですが、噂では地味で私のようなミニスカギャルは浮いてしまうと聞きました。大学に入ったら沢山友達作りたいと思っていますがどうなんでしょうか」(大筋)という相談です。こういう質問に対しては大抵OBやOGが「何しに大学に入るつもりですか!」というお叱りの回答が多いのですが例に漏れず、厳しい答が返答されていました。私、この女子高校生の気持ちわかるなぁ! だって、大学の雰囲気って大事でしょ。私も大学を選ぶ時、「キャンパスがしっかりしている」、「学生が自分の大学に愛着を持っている」などは大学を決める重要な要素でした。私は結局受かった大学は一つでその大学が素敵なキャンパスでとても良かったです。とってもおしゃれだったのですが私は完全に浮いていましたね。だって「東京ラブストーリー」全盛期の時代に「下駄にマント、手ぬぐい。銭湯通い」ですからね。やっぱり都の西南じゃなくて都の西北が良かったなぁ。って入ってから思いました。でもどんな大学でも同じような変わった人っているんですよね。特に文学部には多く、「昭和を生きる」(確かに3年生まで昭和でしたけど)を地でいく人も多かったです。私のように8畳トイレお勝手付き、お風呂無し、雨漏り虫付きなんてのも健在でした。(1年の時は4畳コンクリートの床部屋だったので少しは良くなった‥はず)友人に「もう一度大学で勉強したいな」と言ったら「勉強したいのじゃなくて、大学に行きたいんでしょ」と言われました。うーむ、図星だ!

2011年8月8日(月曜日)
 土日と、横浜赤レンガ倉庫で開催された「ウクレレピクニック」に遊びに行って来ました。ウクピクは「ソレイユの丘」で数年開催していましたが今回は歩いても行ける場所になり、結局2日間遊んでしまいました。会場自体は今までよりだいぶ小さくなりましたがその分見やすくなり、普通の観光客も多くて十分楽しめました。私は鎌倉でお店を出している友人の出店の前に居座り、ビール片手にぐだぐだしていました。なんか、ほとんど桜状態。でも私がいなくてもさすがに暑かったのでかき氷やビールが飛ぶように売れていました。舞台ではウクレレサークルの演奏、ビッグなスターの競演など、素晴らしい2日間になりました。普通のハワイフェアと違い、「ウクレレ」が主なのでフラガール&ボーイよりいわゆる『ミュージシャン』が多くてなんか面白かったです。Konishikiさんやサザンの関口さんなどが普通にウロウロしていて、それでも決してパニックにならないのが大人のイベントですね。もちろん我が大師匠のマッツン、Hoopersの面々など、大酔っぱらいで歩いていました。心配だった天気も昼間は灼熱の太陽。夕方はちょびっと雨。とにかく久々にスタッフや参加者じゃないイベントで十二分楽しめました。これで私の夏のイベントは全て終了です。これからはゆっくりと海に行って、プールに行って、そして秋から冬に向けての作品作りに精を出そうと思って居ます。が、暑いから仕事はやんないな。

2011年8月6日(土曜日)
 先月の23日から今月4日まで、恵比寿三越ハワイアン&タシチアンフェアに展示&即売会&ワークショップで詰めていました。やっと終わりました。さて、これから私の夏が始まります。ようやく天気も回復し、今日は昼間から横浜赤レンガ倉庫で開催されている「ウクレレピクニック」へ行き、夜は東京神田近くでハラウの仲間が開催しているフラ飲み会に参加。充実した、飲み過ぎ1日でした。ちょっと風邪気味ですが太陽の光を浴びて元気百倍!! と、言いたい所なんですが歳ですねぇ、なんか疲れが残ってる‥。でもそんなことはお構いなしで明日もウクレレピクニックに行きますよ!
 そしてこの日記も再開です。よろしくね!!


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